2023年9月28日

産婦人科医・遠見才希子さんに聞く、国際基準のSafe Abortion:「経口中絶薬」を学ぶ教材(日本語訳版)について

今回の「VOICE」では、国際基準のセーフアボーションに基づいた「経口中絶薬」を学ぶ教材を、日本語に翻訳して発信する取り組みについて紹介します。
「アボーション」というのは自然な流産と人工妊娠中絶の両方を含めた言葉。世界で行われているアボーションのケアと日本のアボーションケアには、実は大きな隔たりがあります。
そんな中、国際基準のセーフアボーションに準じた「経口中絶薬」のことを学ぶ「e-learning」の教材を日本語に翻訳するプロジェクトが進んでいます。
今日はこの教材がどのようなものか、詳しくお話をうかがっていきたいと思います。

話者:遠見 才希子さん(産婦人科医)

《関連サイト・資料》
中絶に関するe-Learning教材 How To Use Abortion Pill「プロバイダー向け 薬剤による中絶コース」を翻訳しました(リプラ)

How To Use Abortion Pill プロバイダー向け 薬剤による中絶コース(e-Learning)日本語訳(PDF)

《音源書き起こし》

聞き手
遠見先生、こんにちは。

遠見さん
こんにちはよろしくお願いします。

聞き手
よろしくお願いします。
早速ですが今回、日本語に翻訳されたセーフ・アボーションの教材について、お伺いします。これはどのようなものでしょうか?

遠見さん
このeラーニングは、「How to use abortion pill」というサイトで、およそ25か国語に翻訳されているeラーニングです。世界最大のNGOである国際家族計画連盟(IPPF)と共同で作成されて、さらに国際産婦人科連合(FIGO)によって承認されているというものですので、国際基準のスタンダードの現状を学ぶeラーニングとして非常に重要な位置づけにあるものだと思います。

このサイトには、一般の方、中絶薬を使用する方向けの情報もあるんですけれども、今回翻訳したのは「プロバイダー(提供者)向け・薬剤による中絶コース」です。中絶のプロバイダー(提供者)というと、日本では産婦人科医というイメージがあるかもしれませんが、世界では産婦人科医だけではなくて、助産師や看護師、保健師、薬剤師、医師、さまざまな人たちが関わる問題ですので、プロバイダー向けのコースを翻訳しております。

聞き手
日本では今現在、母体保護法指定医師のみが中絶できるような状態なんですよね。

遠見さん
そうですね。日本の状況は国際的な状況と大きな乖離がありまして、母体保護法指定医師による中絶が行われています。

WHOの中絶ケアガイドラインには、中絶ケアの概念図として中心にいるのは、女性自身、つまり当事者を中心としたケアの提供というのが国際的に提唱されているんですけれども、日本でもこの女性を中心とした中絶ケアが必要になってくると思います。

まず、このコースのイントロダクションを皆さんに聞いていただけたらと思います。

eラーニングの音声
イントロダクション。コースの紹介。薬剤による中絶は妊娠を終了させる、安全で一般的な方法です。薬剤による中絶ケアの提供には、保健医療従事者が直接管理する方法と、医療施設の外で女性が自己管理できるように支援する方法があります。このコースは、世界中の女性に必要な情報とリソースを提供することによって、安全で効果的な中絶の選択肢を利用できるようにするための説明です。

聞き手
今、初めてこのイントロダクションを聞いたのですが、とてもわかりやすいですね。遠見さんがこの日本語訳をしようと思った、そもそものきっかけを教えていただけますでしょうか?

遠見さん
日本では中絶の方法もそうですし、金額の問題もありますし、配偶者同意の問題、中絶をした人に負の烙印を押すようなスティグマの問題など、さまざまな問題が山積されているんですけれども、2023年の4月に海外から30年以上遅れで、安全な飲む中絶薬、つまり薬剤による中絶がようやく承認されたという大きなニュースがあります。

現在ごく一部の医療機関で経口中絶薬の取り扱いは始まっていますが、世界では、病院の外で、例えば自宅などでも安全に使用されるようになってきているという状況です。日本でようやく中絶薬は承認されたけれども、世界の状況とは乖離がまだまだあって、それがどんどん広がっていってしまうんじゃないかっていう懸念もあり、この翻訳をしようと思いました。

聞き手
この翻訳は遠見さんと、「リプラ」の有志の産婦人科医の方々が手掛けているんですよね。

遠見さん
「リプラ」は、「リプロダクティブ・ライツ情報発信チーム」の略称で、リプロダクティブ・ライツのライツの視点が特に大事だと思って活動しています。今回のeラーニングの翻訳は私たちリプラと、一般社団法人日本助産学会の助産師の方々にも監訳いただいて、完成しております。

聞き手
ありがとうございます。先ほどお話されていた、世界とは乖離している日本のセーフ・アボーションの状況というのを、今このボイスを聞いている皆さんにお話したいなと思っているんですが。

遠見さん、今の日本のセーフ・アボーションの状況、各国との大きな違いが具体的にはどんなことがあるのか、一番大きな視点では、どこだと思われますか。

遠見さん
やはりタイムリーにお話できるのは、経口中絶薬の承認が、本当に大きな出来事なんですけれども、それまでの日本には、初期中絶において手術しか選択肢がなかったというのが大きな問題だと思います。

手術では、子宮の中を吸い出す「吸引法」だけではなくて、子宮の中をかき出す「掻爬(そうは)法」というのが行われてきたこと、また現在でも掻爬法が行われることがあるということは、国際的に問題だと思います。掻爬法は時代遅れて行うべきでない、未だに行われているならば吸引法か薬剤による中絶、安全な中絶薬に切り替えるべきだと、WHOも勧告しています。

日本でもようやく経口中絶薬の取り扱いは始まりながらも、運用や管理の仕方には国際的なガイドラインと異なる部分もたくさんあると思いますし、まだごく一部の医療機関でしか取り扱われていないなかで、国際的な状況を知り、eラーニングの内容を知っておくことは、日本における安全な中絶(セーフ・アボーション)を考えるうえで、とても大切なことだと思います。

実際、みんなで話し合っていろいろ考えながら翻訳していくと、やはり当事者中心のケアが大切だということを頭でわかっていても、ここまで具体的な記述があるんだと思ったり、その当事者中心のケアについて本当に深く考えさせられましたし、改めて中絶に関するスティグマに気づいたり、この権利の視点というものを十分に持つことができていなかったと反省したりもしました。本当にいろいろな気づきがありましたので、このeラーニングの具体的な内容を少しお話させていただいてよろしいでしょうか。

聞き手
ぜひお願いします。

遠見さん
このプロバイダー向けの薬剤による中絶コースは、先ほど聞いていただいたイントロダクションの次に、レッスン1から7に分かれております。レッスン1では中絶ケアの概要があるんですけれども、まず中絶は世界中のどこでも起きていることだと言われるんですね。アボーションとは、妊娠を自然に終了する流産という意味を含む言葉ですが、一般的には意図的に妊娠を終了させる中絶を意味していて、適切に管理される場合は、中絶は最も安全な医療処置のひとつです、といったことがまず出てきます。

中絶の原理原則というものもあって4つ紹介されてるんですけども、まずひとつ目に、当事者を中心としたケアというものが挙げられます。

「当事者中心のケア」には、自分の人生と選択を自ら決定するための自己効力感を持つことを支援しますということがまず言われている。次に「権利に基づくケア」というものが挙げられて、自分の体と生殖機能について自律的に決定する権利は基本的権利の中核です、と強調されています。ほかに挙げられているのは「質の高いケア」。これはエビデンスと当事者のニーズ、価値観、意向に沿ったもので、スティグマがなく、思いやりと共感のあるものでなければならない。そして「プライバシーに関して」ですね。当事者に関する情報の機密性を厳守する必要がある。

こういったことがレッスン1にありまして、本当にこの視点をまず教わってなかったというよりも、考えられてなかったと強く痛感しました。

聞き手
セーフ・アボーションのeラーニングを聞いていただいた方は中絶ケアに対する考え方が変わるのではないかなと期待をしているんですが、遠見さん、その辺りどうなんでしょう。この影響といいますかね、このeラーニングの日本語訳がどのようになったらいいなって思っていますか?

遠見さん
そうですね、私自身も中絶に携わってきた経験もあるんですけど、その人自身の健康や権利を中心にして考えることができていなくて、スティグマの渦の中にいたなというのをすごく感じています。中絶をする医療者の苦悩のようなものを、私は中心に感じてしまっていました。

当時私があれだけ苦しかったのは、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)の視点がなかったこと、これが大きな問題だとやっぱり感じています。母体保護法指定医師による中絶は、医師が中心になって、指導したり管理したりするイメージがありますが、そうではなくて当事者中心の安全な中絶、そのケアについてみんなで考えていくことが大切だと思うので、中絶や、女性の健康に関わる全てのプロバイダーに知ってもらいたいと思います。

プロバイダーという言葉は、すごく私は好きな言葉なんですが、指導する・管理するなど一方的にこうしろああしろというものではなくて、あくまでも「提供する」プロバイダーとしてサポートしていく、そういう視点で関わりながら私も今後も勉強を続けていきたいなと思います。

聞き手
ようやく日本で承認された経口中絶薬なんですが、私たち当事者女性としても、これに関して、声を上げていかなければならないなと、改めて今日の話を聞いて思いました。

国際セーフ・アボーション・デー。遠見さんと私は4年前からずっとこの日に勉強会といったイベントを開催してきました。そして今年2023年に遠見さんがこのような形でeラーニングの日本語版をリリースされるということで、今日のVoiceで遠見さんに話を聞きたいと企画したんですけれども、最後に遠見さん、この日本語訳のeラーニングですけれども、いつどこで公開されますでしょうか?

遠見さん
今、日本語の音声データを動画に入れ込むという作業を本部の方々にやっていただいておりまして、今後リプラのサイトで発信していきたいと思います。日本語のテキストはリプラのすでにホームページに掲載してありますので、ぜひご覧いただければと思います。

最後に一つちょっとよろしいですか。

聞き手
はい。

遠見さん
このeラーニングは本当にレッスン1から7まで、とても学びが深いです。「中絶薬を使ったときの出血や腹痛の起こり方」「何時間でこういう経過をたどることが多い」「こういうときには救急のケアも必要だ」とか、そういったところも書いてあります。それから、どこで中絶を行いたいか、女性が中絶を行う間はプライバシーが保たれる安全で快適な空間にいるべきだと、それは自宅や友人や家族の家やあるいはクリニックかもしれない。それを女性自身が選択できることが大切にされてるなという印象を受けるんですけども、日本の現状とは、なかなかまだまだギャップがあるなと思います。

中絶をする人・した人に対して、医療者として避妊の知識を伝えねばならない、という思い込んでいたんですけれども、それがeラーニングには、

「中絶の後、あなたは避妊をしたいですか? もし避妊をしたいならどのような方法がいいですか? といったように、まず避妊について話したいかどうかを尋ねることから始めましょう。その際に批判的にならないような聞き方を心がけて、断る女性もいることを受け止めましょう。この段階で避妊法を選択する必要はありません。でも中には、避妊について話したいと思って、その日のうちに避妊を始めたいと思う女性もいるかもしれない。女性が望む場合は自分に合った方法を選択できるように、さまざまな避妊法を紹介し支援しましょう。」

と出てくるので、押し付けではないんですよね。避妊に関しても中絶に関しても、その人自身の選択、自己決定を支援していくもので、「こうしなさい」「ああしなさい」「あなたは中絶したならこうするべきだ」といった一方的な指導ではないんだということを、強く感じました。

聞き手
必ず当事者の女性に選択肢があって、選択するのは女性自身ということですよね。そこがすごく重要視されているという改めて遠見さんの話を聞いて、胸が痛くなったといいますか、日本の現状を何とかしたいなっていう気持ちになっています。

遠見さん
あと、心理的な支援についても言われています。

「中絶後に最もよく報告される感情は、安堵感である。否定的な感情を持つ女性は、研究によると少ないことが示されている。でも、中絶後女性が安堵感とか、悲しみとか、幸福感などさまざまな感情を持つことは普通なこと。ほとんどの女性は、特に友人や家族のサポートがあれば感情に対処することができる。トレーニングを受けた保健医療従事者カウンセラーと話すことが、女性の役に立つこともあるかもしれません。が、メンタルヘルスケアのプロバイダーとの定期的な相談は必須ではありません。」

と。

カウンセリングの強要が安全な中絶を妨げる要因になるというのは、WHOのファクトシートにも書かれていることなんですけれども、いろいろな感情を女性自身が感じるということも、プロバイダーとして知っておく必要があるし、「中絶をする人・した人はこういう気持ちとか態度を示すのが望ましい」といった押しつけは決してあってはならないなというのを改めて感じました。

本当にその人の表面的な態度とか、理由でジャッジすることはできないので、どんな女性でも中絶が必要な女性がいるならば、それは安全な方法、セーフ・アボーションで当事者中心のケアが提供される。そういった社会にならないといけないことを、強く感じました。

聞き手
ありがとうございます。遠見さんと話していると、改めて遠見さんのような産婦人科医が増えるとよいなって。毎年毎年同じことを私は思っております。

遠見さん
でも、私は国際産婦人科連合承認のeラーニングで言われていることをただ読んだだけでもあるので、こういった情報を、私たち医療従事者は学ぶ必要があるし、中絶に関する教育とかケアに関わる方々は医療従事者だけではないと思うので、多くの方にこのeラーニングをぜひご覧いただければと思います。

聞き手
ありがとうございます。本当に私も学びと感動がありました。

遠見さん
ありがとうございました。

 


遠見 才希子(えんみ・さきこ)さん
産婦人科医。1984年生まれ。神奈川県出身。2011年聖マリアンナ医科大学卒業。大学時代より「えんみちゃん」のニックネームで全国1000カ所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。著書『わたしの心と体を守る本』(KADOKAWA)『だいじ だいじ どーこだ?』(大泉書店)発売中。ジョイセフI LADY.アクティビスト。

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