
ケニア中部の都市・ニエリのスラム。牧師のフランシス・ムルガさんは、ジョイセフとともに、この地で保健ボランティアとして活動しています。人々の心を信仰で支えながら、ひしめき合う家々を訪問し、そこで暮らす一人ひとりの命と健康を守るために奔走する。そんなフランシスさんとスラムの路地を歩きながら、保健ボランティアとしての思いを聞きました。
ケニア・ニエリでのジョイセフの活動
ジョイセフは、2018年からケニアの都市ニエリでプロジェクトを実施しています。ここは首都ナイロビから車で北へ3時間、雄大なケニア山を望む歴史ある土地です。コーヒーの名産地として知られ、同じアフリカでも筆者が以前訪れたザンビアの農村と違い、しっかりとした店や行政施設が揃っている。小さいながら風情豊かな地方都市といった趣でした。
ニエリでプロジェクトを行う理由は、スラムに暮らす住民にとって保健医療サービスへのアクセスが難しく、他の地区との健康格差が拡大しているからです。この問題はナイロビや他の都市でも深刻で、人々のSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:性と生殖に関する健康と権利)を妨げる大きな要因となっています。
以前、スラム近くの保健センターには分娩施設がありませんでした。そのため、多くの女性は医療従事者の介助を受けることなく、自宅で出産していました。きれいな水さえ手に入らず、土間で自分一人で出産する女性も珍しくない。不測の事態が起きれば、即、母子の命が危険にさらされます。また、最寄りの分娩施設では詰めかける大勢の妊産婦に対応できず、一台のベッドを複数人で共用していました。
この状況を変えるために、ジョイセフは、ニエリ中心部の保健センターに分娩施設のある産科棟を新しく建設しました。
スラムに現れた、迫力満点のスーツ姿。「ギャングのボス?」と思いきや、街一番の世話焼きボランティアだった
一瞬、身構えました。土ぼこり舞う路地の向こうから、つやつや光るスーツに身を包んだ巨漢が歩いてきます。ここはケニア・ニエリのスラム街。「もしやギャング?」と警戒するも、その緊張はフレンドリーな笑顔を見て吹き飛びました。
「はじめまして」颯爽と差し出された手を握り返すと、力強く温かい。彼こそが、今回スラムを案内してくれる保健ボランティアのフランシスさんでした。


これまでもアフリカ各国のプロジェクト地域で、幾度となく保健ボランティアの人々と出会ってきましたが、彼ほど現代的なスーツをパリッと着こなす男性は初めて。こんなお洒落に決め込んだ人にスラムを案内してもらうとは。面食らいつつも、私たちはさっそく歩き始めました。
前回、スラムで自宅出産をしたシロさんの紹介記事に上げた動画を見ていただくとわかりますが、フランシスさんともう一人、同様にスーツで決めたジョイセフ・ケニア事務所スタッフのザックという大柄な二人組が先導します。彼らが土色のスラム街を闊歩する様子は、なんだか取材というよりも、治安維持パトロールのようでした。
フランシスさんの本業は、このスラムにある教会の牧師だそう。同時に、地域の人たちのセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)をサポートする「保健ボランティア(ケニアでの名称はCHP=Community Health Promoter)」でもあります。
「私がCHPになったのは12年前です。当時エイズが流行していて、このスラムでも大勢の患者が出ました。ベッドから出られず苦しむ人々を見て、彼らを病院に連れていく手伝いをしようと思ったのです。それ以来ずっと、住民の健康を守るための活動を続けています」とフランシスさんは教えてくれました。
ここで少し、CHPという保健ボランティアについて説明させてください。CHPは、避妊や性感染症予防、子宮頸がん検診、産前・産後健診、医療従事者による介助が受けられる保健施設での分娩の推進など、SRHRに関する知識や情報を人々に届けるボランティアです。
フランシスさんは肌身離さず、住民の健康データが入ったタブレットを持ち歩いていました。担当エリアで暮らす一人ひとりの状況を把握し、リスクのある妊婦がいれば保健センターにつないだり、病気のお年寄りの世話に通ったり、教会を訪れる人々の悩み相談にのったりしているそうです。
貧困と向き合う住民の人生を、信仰から支える牧師。そして家々を回り、人々の命や健康を守るために活動するCHP。スラムという困難の多い場所で、みんなの心と体をサポートしているフランシスさんに、話を聞くほど尊敬の念を覚えました。
そんなフランシスさんと、ジョイセフのかかわりについて。
ジョイセフは、ケニアで保健施設の整備や医療機材支援を行うほか、住民主体で命と健康を守れる地域づくりを支援しています。ここニエリでも、医療施設やサービスといった「受け皿」を整えるとともに、「人づくり」「コミュニティづくり」を通じて、草の根から人々の意識と行動を変えていくためのプロジェクトを実施してきました。それが産前・産後健診の受診率向上、危険な自宅出産より保健施設での分娩を選ぶ人の増加、子宮頸がん予防のワクチン接種や検診などにつながっています。
これらの変化が地域に根付き、「あたりまえ」のものになっていくという「持続可能性」こそ、ジョイセフのプロジェクトの特徴です。こうしたプロジェクトの「人づくり」のひとつが、フランシスさんのような保健ボランティアの養成や研修、活動支援です。
スラムの住民たちに、誰よりも近く寄り添い続ける。そんな彼の原動力とは
路地裏を歩きながら住民たちと挨拶を交わし、体調や家族の様子を聞き、冗談を言い合うフランシスさん。みんな彼を信頼し、慕っていることがわかります。
酔っているのか、視線が定まらない人たちも見かけました。不審な動きで近づいてくる人はフランシスさんが遮り、なだめてくれます。聞けばエタノールを酒代わりに飲み、目が見えなくなるケースが後を絶たないそうです。
谷になっている低地には、ゴミだらけの黒い水たまりのような川がありました。対岸の崖上に墓地が広がっています。上下水道のないスラムで、この川には汚水が垂れ流し状態ですが、洗濯などの生活用水としても使われていると聞きました。劣悪な衛生環境で、乳幼児の下痢等による死亡率も高いようです。




スラムでCHP、保健ボランティアを続けてきた12年間の歳月。以前と比べて変化はあったのでしょうか。
「嬉しいのは、寝たきりの人がひとりもいなくなったことです」と、フランシスさんは笑顔になりました。「私がCHPとしてサポートすると、みんな病院に行けるし、薬をもらうこともできる。住民の生活が改善したことを誇りに思います」
彼は住民を医療につなぎ病院へ付き添うだけでなく、多くの家庭の日常的な雑事も手伝っているそうです。なんと親切で世話焼きなのでしょう。何が彼のモチベーション、原動力なのか尋ねました。
「モチベーションは成功体験です。コミュニティの人たちが言っていたのですが、彼らは牧師でCHPでもある私と出会い、病院で治療を受けて病気が治ったので、医療施設に行くことが怖くなくなったそうです。こうして人々の健康問題が解決していくと、やってきて本当に良かったと思いますし、もっともっとたくさんの人を助けたくなります」
長年の活動で、多くの地域住民に変化が起きたそうです。健康を守る行動ができるようになった人、生活を整え尊厳を保てるようになった人。そして一番印象に残っているという高齢者の話をしてくれました。
「この近くに住んでいた男性が、年老いて家から出られず、食べ物もなく寝込んでいました。家庭訪問で彼を見つけ、すぐ助けなくてはと思いました。地域で活動する支援グループにつなぎ、もらった食糧をしっかり食べてもらうと、彼は回復して元気になったのです。高齢でしたが、その後は亡くなるまで非常に聡明で、身なりも生活もきちんとしていました。これは本当に嬉しかった例のひとつです。ほかにも、もっとたくさんあります」
スラムの人々は、もっと健康で幸せになれる。そう信じて行動する彼の姿が、街のムードを変えていく
牧師であるフランシスさんは、なぜ、わざわざスラムに教会をつくったのでしょうか。
「教会があれば、この地域に居続け、厳しい暮らしをしている人々をサポートできます。教会は商売ではないから、利害関係なく人々と関わっていけるんです」
そう聞いて、かつて日本でもお寺がコミュニティをつないでいたのを思い出しました。寺子屋のような教育施設があったり、祈祷で病気を治したり。こうした場は人々の精神的な拠り所だったと考えると、フランシスさんが牧師と保健ボランティアの2足のわらじをはいていることに深く納得しました。
目の当たりにしたスラムの暮らしは過酷です。社会の周縁でドロップアウトした人々、貧困と暴力、不衛生さとまん延する感染症。仕事といえば不安定だったり危険だったり、犯罪まがいの金稼ぎだったり。この状況で、お年寄りや病人、女性、子どもたちの命と健康、人としての尊厳を守るために、フランシスさんはあえてこの街を選んだのです。
お洒落なスーツ姿で、朗らかに、お節介と思えるほど親身に人々に寄り添い続ける。そんな彼がいる教会は、この土色の崩れかけた家々がひしめくスラムで、生活の喜びであり、祈りの場であり、暗い夜に人を安心させる灯りのように思えました。

これからフランシスさんがめざすこと、取り組みたいことについて尋ねました。
「たくさんあります。まず、ここの人々はとても貧しい。それを改善しなければなりません。多くの人が食べ物の調達に苦労し、一日何も食べずに寝ることさえある。そして水道もなく、あの川の水を使っている。みんな苦しんでいます」
住民が少しでもお金を得られるよう、フランシスさんは収入創出活動の団体を紹介しているそうです。ジョイセフも、アフリカ各地で女性の経済的自立を支援するため、縫製や石けんづくり、農業の技術研修などを行ってきました。あらためて、こうした支援がどれほど重要かわかります。
過密の問題も深刻です。家や人がひしめき合い、結核などの感染症が発生すれば、あっという間に広がってしまいます。けれども住民を支えるフランシスさんたち保健ボランティアの手は足りません。他のメンバーもそれぞれ仕事や家庭があり、すきま時間を見つけて家々を回っているのです。
「そんな中で、ジョイセフによる保健ボランティアの養成や支援は、本当に大きな助けになっています」と、フランシスさんは感謝を繰り返しました。


「理想的なのは人々が健康で、誰でも医療にアクセスでき、地元の自治体とも行き来がある開かれたコミュニティです。願わくば生活に余裕のある住民も増えて、裕福な人が困っている人をサポートできるような、みんなで助け合える街にしたい」
そう言って、フランシスさんは足元の地面を指さしました。私たちはスラムで珍しい、舗装された路上に立っていました。あたりにはゴミも落ちていません。
「この、舗装されてきれいになった道を見てください。こんなふうにコミュニティも整備されて、人々が健康になることを願っています」
人々とともにスラムで生活し、地道な努力を重ね、少しずつ現実を変えてきたフランシスさん。暗い表情で歯を食いしばるのではない。朗らかに、前向きに希望を語り、そのために率先して行動する人でした。
舗装された道で背筋をのばして立つ姿を見ていると、彼がスーツで身なりを整える理由がわかるような気がしました。きっと、みんなを元気づけるために。そして、自分に気合を入れるために。
ジョイセフがアフリカで取り組む「人づくり・地域づくり」とは?
〜保健ボランティア編〜
フランシスさんのような保健ボランティアは、もともと、アフリカ各国で地域のしくみにあるものです。しかし、トレーニングや支援、運営の体制が整っていないなど、休止状態にあることも少なくありません。ジョイセフは、こうした機能不全の状態にテコを入れ、保健ボランティアが人々の健康推進を支える「住民主体のコミュニティづくり」に取り組んでいます。
ここで、日本が戦後、母子保健の分野で飛躍的な向上を遂げた際のノウハウが生かされます。女性や子どもの健康づくりを担うボランティアの母子保健推進員の養成、保健師などへの研修や連携推進も行っています。
- 【保健ボランティアの選定】
- 誰がボランティアとしてふさわしく、長く地域に根ざして活動してくれるのか。ジョイセフは、信頼できる人物を選ぶプロセスから参加します。
- 【地域保健委員会強化】
- 地域保健委員会は、地域の指導者、保健スタッフ、学校関係者、若者代表、保健ボランティアなどで構成される、地域の保健推進のための委員会です。ジョイセフはプロジェクトを立ち上げる際、地域保健委員会とともにプロジェクトの計画立案を行うと同時に、この委員会がより良く機能し、プロジェクト終了後もボランティアや保健スタッフが継続的に地域保健推進活動を行えるよう、委員の能力強化研修を行います。
- 【研修・トレーニング】
- 保健ボランティアは、SRHRをはじめ、地域に暮らすすべての人の健康に関する知識や情報を身につけます。また、単に知識を持つだけでなく、医療施設の受診や検診、施設分娩、ワクチンなどに抵抗感を持つ住民に正しい情報を伝え、対話し、人々が安心して行動を変えられるように導いていくスキルも必要です。こうしたトレーニングは一方的な技術移転ではなく、現地の文化や状況に合わせて、ともに考えながら進めていきます。
- 【住民主体の教材づくり】
- 保健ボランティアが住民に健康づくりの大切さを伝えるための教材づくりを一緒に行います。その地域、民族、現地の状況に合わせて、課題や改善策、良い伝え方など、意見を出し合いながらメッセージを作成。こうしてできたメッセージを、紙芝居やフリップチャートなど、視覚的にもわかりやすい教材に仕上げていきます。さらに使い方のワークショップを重ね、使いこなせるようになるまでのフォローアップも行い、地域に定着していく過程に伴走します。
- 【モチベーションが継続するしくみづくり】
- ボランティアがモチベーションを持ち続けられるよう、しくみを整えることが大切です。地域での仕事の免除や、コミュニティでお金を出し合い経費をまかなうしくみづくり、自転車の貸与、誇りに思えるようなアイテムの考案など、地域での話し合いのファシリテーションや支援を行います。

- Author

山本 あつし
ジョイセフ デザイン戦略室 チーフクリエイティブオフィサー。ジョイセフのWEBサイトの管理や更新を行っている。ザンビアのプロジェクトではマタニティハウスのペインティングワークショップのサポートを担当。



後悔のない選択をするために、まずは自分のことを知ろう
【 私とSRHR 】 愛ある「ツッコミ」で社会を変えたい。谷口真由美、ジョイセフとともにSRHRを掲げて走り出す
体のことを自分で決める。それって、本当は当たり前のこと