知るジョイセフの活動とSRHRを知る

一人ひとりの思いが、現実を動かす力になる。SRHRをみんなの「あたりまえ」にしていきたい

2025.4.1

ジョイセフ 事務局次長
神谷 麻美

日本では、包括的性教育の遅れや避妊の選択肢の少なさ、ジェンダー不平等など、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)をさまたげる多くの課題があります。SRHRとは、自分の体や性に関することを、十分な情報を得たうえで自分で決められ、必要な医療やサービスを受けられる権利のこと。自分らしく生きていくために大切な人権ですが、日本や低・中所得国ではまだ十分に守られていません。

この現実を変えていくのは、誰かではなく、私たち一人ひとりです。ジョイセフは、政治家や省庁、国際社会に市民の声を届けて働きかける「アドボカシー」と、若い世代への情報提供や啓発を行う「国内事業」に取り組んでいます。

今回紹介する神谷麻美は、それらの事業をまとめる立場を経て、現在は事務局次長として活躍しています。もともとは「コツコツと地道に作業をするのが得意」で、変化が苦手だったといいますが、どのようにして幅広い分野をリードするようになったのでしょうか。そのキャリアストーリーをたどります。

ーーまず、これまでのキャリアの歩みを教えてください。

大学で専攻したのは文化人類学や社会学です。異文化理解や国際的なテーマに興味がありました。大学卒業後は映像制作会社に就職し、地域のコミュニティチャンネルの番組づくりを担当。この仕事を通して映像をつくる楽しさを知りました。
その後、以前から行きたかったJICA海外協力隊に参加し、アフリカのウガンダへ。「視聴覚教育隊員」として、エイズ予防啓発のための教材や映像の制作に携わりました。大学で学んだことと、前職で身につけた映像技術をかけ合わせられる仕事でしたね。

ーージョイセフに入ったきっかけは?

海外協力隊の期間終了で帰国し、ジョイセフに入職しました。事業地で活用する教材づくりを行っていた「メディアコミュニケーションズ」という部署に採用され、映像の仕事経験を生かし、ドラマ仕立ての映像教材や紙芝居などの印刷教材を制作しました。意図しない妊娠や早婚など、低・中所得国で実際に起きている問題をテーマに取り上げ、現地の人々と一緒に映像作品をつくり、意識啓発のツールとして活用しました。

ーーその後、組織の方針が変わったことで、神谷さんのキャリアに転機が訪れたそうですね。

そうなんです。それまでジョイセフが組織内部で映像制作の中心を担っていましたが、デジタル技術の進化に伴い、アフリカなど現地の人々が自分たちの力でつくれるよう、撮影や編集技術を伝える「技術移転」にシフトしていきました。さらに、スマホやノートパソコンなどが普及し、専門機材がなくても手軽に映像をつくれる時代になって、私は新たにアドボカシー部門へ異動することになったんです。

ーー映像の専門家からの転身ですね。アドボカシーは未経験だったのでは?

はい、ゼロからの挑戦でした。政治の仕組みや国際会議の流れなど、何も知らなかったです。ジョイセフにはこの分野で活躍するエキスパートがたくさんいましたので、その姿を見て勉強し、体当たりの連続でしたね。さまざまな市民団体のネットワークに入っていき、他団体と連携しながら国連やG7サミットの議論に参加する中で、少しずつ知識と経験を積み重ねてきました。
アドボカシーに異動することになったときは、ちょうど育児休暇から復帰し1年経過したところでした。子どもの保育園・職場・外部団体や国会、省庁の行き来で走りまわることになりましたが、このときあえて未知の分野に飛び込んだことが、キャリアの大きな転機になりました。

ーーアドボカシーはどんな仕事か、具体的に教えてください。

私はよく「社会の声を届ける橋渡し」と呼んでいます。みんなの声を政府に届け、政策や制度を変えることで、現実を動かしていくのです。ジョイセフが使命とするSRHR推進に関して、日本の課題を投げかけることももちろんですが、ジョイセフがプロジェクトを実施するアフリカの課題なども、国会議員や省庁、国連などの国際社会に伝えています。

ーーSRHRとアドボカシーは、どのようにつながるのでしょうか。

SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)は「性と生殖に関する健康と権利」と訳されます。難しく聞こえますが、「人が自分らしく生きることすべて」に関わるものだと思っています。避妊や安全なセックス、出産、性感染症に関する知識はもちろん、安心して恋愛したり、自分の望む人生を選んで生きられること。そのために制度や環境を整えるのが、アドボカシーの大きな役割です。

ーーSRHRをとりまく日本の現状について、どんな課題を感じていますか?

課題は本当に多いです。どこから挙げるか迷うほどですが、特に問題なのは、みんなが「おかしい」と気づかないこと。たとえば家父長制や、性・ジェンダーに関する固定観念が「あたりまえ」になっていて、疑問を抱くこと自体が少ないように思います。もともと私は熱心なフェミニストではありませんでしたが、大学でジェンダー研究の教授から学んでいたこともあり、その後、アフリカでの生活やジョイセフの仕事を通して、少しずついろいろな社会の課題に気づくようになりました。

ーーみんなが気づかない課題に気づいてもらい、ともに変えていく。とても難しそうに思いますが、どうやって実現していくのですか。

一人の力やひとつの団体だけでは力が限られます。そこで、同じ思いを持つ人たちや団体とネットワークをつくり、みんなで声を合わせて届けるようにしています。声が大きくなるほど、政治や社会を動かしやすくなります。世論がとても大切です。

ーーアドボカシーでやりがいを感じるのはどんなときですか?

ひとつずつ山を乗り越える努力を積み重ねていけば、いつかは大きな山に届きます。小さな努力を続けた先に、ふと気づくと、見える景色が大きく変わっているんです。
たとえば「SRHRやセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」という言葉を例にあげると、数年前までは新聞や雑誌などで絶対に使ってくれなかったのに、いまでは掲載してくれるようになりました。これは長い年月、ジョイセフが多くの仲間とともに認知普及の努力を続けてきた成果のひとつです。SRHRをけん引してきたリーディング団体であるという自負は、私たちの大きなやりがいです。もっともっと、SRHRをみんなの「あたりまえ」にしていきます。

ーーアドボカシーのほかに、国内事業にも携わっていますね。

はい。日本の若者が対象のSRHR推進事業「I LADY.」や、子宮頸がん予防啓発、被災地の女性支援、企業との連携研修などを統括しています。特に若者に学びを届けて行動を支援するプログラムは、若い世代の声を直接聞くことができ、学ぶことによる気づきや変化を目の当たりにできるので、取り組んでいて元気をもらえます。

ーーアドボカシーと国内事業にはつながりがありますか?

このふたつは「両輪」だと思います。国内事業で中高生や大学生に性やからだのことを伝え、「自分事」として考えてもらうワークショップを行っているのですが、そこで若い人たちのリアルな声や悩みに出会います。その声は、今の政策や制度に足りないものを気づかせてくれる重要な手がかりです。
たとえば「正しい性の知識を得られる場所がない」という悩みが聞かれますが、これはほんとうに切実で、今の日本では性に関する十分な教育がなされていないので、意図しない妊娠や性感染症、性的同意の知識がないばかりに不同意性交に及んでしまうリスクなど、さまざまな問題につながっています。
こうした具体的な声を政治や行政に届けることで、教育指導要領の見直しや自治体の取り組みにつながる可能性があります。

ーーアドボカシーの仕事には、どんな人が向いていますか? 必要なスキルや力は何でしょうか。

私はもともと、地道にコツコツ取り組むことが得意でした。それが案外アドボカシーに向いていたようです。アドボカシーというと、国会や国連などの堅苦しく敷居の高い舞台がイメージされるかもしれませんが、実際は裏方での調整や準備に9割の労力を注ぎます。資料やデータを整理し、関係者にていねいに説明し、時間をかけて信頼関係を築いていく。この積み重ねの先に、ようやく声を届けられる瞬間が訪れるのです。
一方で、社会や政治は私たちの予想通りに進むわけではなく、突発的な動きが起こることも少なくありません。そのときに必要なのは、柔軟に方向を変えたり、仲間と連携して新しい方法を考えたりする「パートナーシップ」の力です。私自身も、以前はひとりでコツコツ進めたいタイプでしたが、いまはジョイセフのチームや国内外のパートナーと臨機応変に力を合わせることで、自分だけではできなかった取り組みをめざすようになりました。

ーーこれからの目標を教えてください。

SRHRを「特別な人が語る難しいテーマ」ではなく、誰にとっても「あたりまえ」の常識にしていきたいです。そのために、これからも国内外の仲間と連携・連帯しながら、地道な一歩一歩を積み重ねる、ジョイセフをそのような組織として、大きくしていきたいです。

ーージョイセフは働きやすい職場ですか?

一人ひとりの希望と状況に配慮してくれて、とても働きやすいと感じています。私が出産してワンオペ育児を長くしていたり、さまざまな制約がある中でも、出張なしで業務させてもらえ、力を発揮できるポジションを用意してもらえました。
ほかのスタッフも、介護や学業など、さまざまな事情に応じて柔軟な働き方をしています。思ったことを率直に言い合える風通しのよさを目指して、変化を起こしていきます。人生の半分近くがジョイセフになっていますが、この職場と、ともに頑張る仲間に巡り合えたことに感謝です。

スタッフの一日紹介:2024年12月のある日

09:30 オフィス出勤(フレックス)、国会議員との打ち合わせ用資料の最終チェック
09:30 同僚が資料を持って国会議員を訪問
10:00 ディレクター会議。人員体制の戦略について議論
11:30 午後に内閣府で政府関係者とNGOの意見交換会議があり、その資料を準備
12:30 お昼休憩
13:00 永田町へ移動
13:30 協力関係にある他の市民団体のメンバーと事前打ち合わせ、会議準備
14:00 内閣府、外務省、厚生労働省、国連のUNDP(国連開発計画)、JICA、ジョイセフほか市民団体による会議。グローバルヘルス(感染症やリプロダクティブヘルスなど多岐にわたる保健課題)に関して、市民社会と政府関係者で議論
16:00 会議終了、自宅へ
17:30 自宅で関係者へ連絡、メール対応、翌日の会議準備
18:30 子どものお迎え
20:00 夕食

自分のために、誰かのために。
あなたの経験が、未来を変える力になります。

Careersー採用情報

Author

JOICFP
ジョイセフは、すべての人びとが、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利:SRH/R)をはじめ、自らの健康を享受し、尊厳と平等のもとに自己実現できる世界をめざします