ひとジョイセフと一緒に、世界を変えていくひと

体のことを自分で決める。それって、本当は当たり前のこと

産婦人科医

宋美玄

2025.9.1

産婦人科医・宋美玄さんが語る、SRHRと“伝える”ということ

ブログでの情報発信をはじめ、テレビや雑誌などのメディア出演、さらには医療情報メディア『crumii(くるみい)』の立ち上げなど、多方面から性と生殖に関する健康と権利(SRHR)を伝え続けてきた産婦人科医の宋美玄さん。
今回は、ジョイセフとの出会いをはじめ、ガーナ訪問で目の当たりにした現地の実情、そして若い世代に託すメッセージまで、幅広く語っていただきました。


「ジョイセフとの出会いは、私の原点のひとつ」

――ジョイセフとの最初の関わりは、いつ頃だったのでしょうか?

宋美玄(以下、宋) たしか2012年のはじめごろですね。私が娘を出産した直後でした。当時はフランス発の出産・産後ケアのメソッド「ガスケ法」に関心があって、その話をぜひしたいと思って、イベントに呼んでいただいたのが最初のきっかけだったと思います。
ちょうど東日本大震災の後で、さまざまな支援活動が立ち上がっていた時期でもあり、私自身も「医療者として何か伝えていきたい」という思いが強くなっていた頃でした。

――最初の関わりは「妊産婦支援」の活動だったんですね。

 はい。当時は、妊娠や出産のリスクがほとんど知られていなかった。「出産で亡くなるなんて医療ミスじゃないの?」って言われるような社会でした。まずは「出産にはリスクがある」ということを、一般常識にしたかったんです。
「知らなかった」では済まされないから

――性教育に関する発信も、早くから取り組んでこられましたよね。

 そうですね。「外に出したら妊娠しないと思ってた」とか、「膣外射精は避妊法だと思ってた」とか、現場では本当に驚くようなことが“常識”として流通しているんです。でもそれは、本人のせいじゃなくて「誰も教えてくれなかった」から起きることなんですよね。

――医療者の中でも、性の話題はまだタブーだった時代だったのでは?

 まさにそうでした。産婦人科医なのに「性機能やセックスの話って、私の担当だったの!?」みたいな空気がありました。でも、私は“抜け落ちてるもの”に気づくと、そこをなんとかしたくなる性格で(笑)。

――その思いが、女性の健康と自己決定を支援するヘルスケアメディア『crumii(くるみい)』の立ち上げにつながったんですね。

 はい。これまでSNSなどで発信してきたことって、すぐ流れてしまって、自分でも「あの話、どこで書いたっけ?」と探せなくなることが多かったんです。
だからこそ、信頼できる情報を必要なときにきちんと見つけられるように、医師やライターとチームを組んで、ストック型のヘルスケアメディアを立ち上げました。
『crumii』では、女性たちが自分の体や人生を主体的に選び取るための情報を、わかりやすく届けています。

crumii | 女性の健康と自己決定を支援するヘルスケアメディア

「ガーナの現場で見た“産める場所がない”という現実」

――2025年3月には、ジョイセフとともにガーナを訪問されています。印象に残ったことを教えてください。

 一番衝撃を受けたのは、「産む場所が限られている」という現実でした。たとえば、湖を越えて船で移動する妊婦さんや、陣痛の最中にバイクタクシーで病院へ向かう人たちもいて、医療へのアクセスが非常に厳しい状況があることを目の当たりにしました。

――若年妊娠の現状にも触れられたと聞いています。

 はい。10代で妊娠・出産した子たちが「ハッピーじゃなさそう」だったのが印象的でした。日本だと、「出産してよかったね」と祝福される雰囲気があるけど、ガーナでは「若年妊娠は減らすべき」という空気があって、産んだ子たちが心から幸せそうじゃないのが辛かった。

――それは、“自己決定できなかった”苦しさかもしれませんね。

 そう思います。もちろん、それは本人たちの責任ではありません。生まれた環境や教育の機会、そして貧困の連鎖といった背景によって、気づかないうちに人生の選択肢が狭められてしまっている。
それなのに「自己責任」で片づけてしまったら、何も変わらないし、未来の可能性を奪ってしまうと思うんです。

――それって、とても象徴的なお話ですね。日本でも、「育児が辛い」とか「幸せじゃない」と素直に言いにくい空気、ありますよね。

 そうなんです。日本では「不幸です」と声に出すこと自体が、どこかタブーのような空気がありますよね。だからこそ、苦しさを抱えたまま、誰にも言えずにひとりで抱え込んでしまう人が本当に多いと感じています。
ガーナとはまた違ったかたちではあるけれど、日本もやっぱり、生きづらさを抱える人が多い社会なんだなと改めて思います。
そういった見えにくい苦しさにも、もっと目を向けて、丁寧に向き合っていきたいと思っています。

――現地で出会った「ピア・エデュケーター」の子たちは、どんな印象でしたか?

 とてもしっかりしていました。ピア・エデュケーターというのは、同世代の若者たちに性や健康について正しい情報を伝える役割を担っている若者たちのことです。
自分自身が学びながら、地域の仲間にも知識を届けようとしているんです。本が好きで勉強熱心な子も多く、将来は医者になりたいと話す子もいました。希望に満ちたまなざしが印象的でした。
でも一方で、若年妊娠を経験した子たちは、そうした学ぶ機会を奪われてしまっていて、自分の意思とは関係なく、人生が流されているように感じました。
これは決して本人のせいではなく、能力や家庭環境、地域の状況といった要因が大きい。だからこそ、「平等な機会を保障すること」が本当に大切なんです。

「 “自己決定できる自由”を当たり前に」

――いま、どんなことを伝えていきたいと感じていますか?

 やっぱり、「自分の体は自分で決めていい」という感覚を、当たり前のものとして持っていてほしいと思います。それが自然な感覚として根づいていくことが、とても大切だと感じています。

――「選べる自由」が保障されて初めて、人生を主体的に生きられるということですね。

 そうですね。そして、自分の隣の人にも同じ権利があるって、自然に思えるようになってほしい。知識や選択肢にアクセスできるかどうかで、人生は大きく変わります。だからこそ、私はこれからも“伝えること”を続けていきたいです。

「一人では変えられない。でも、仲間がいれば前に進める」

 『crumii』を通じて、私一人ではなく、チームで発信する意味を強く感じています。
たとえば、私が「ピルいいよ」と言うと「この先生はピル推しなんだ」ってなるけど、複数の医師が同じことを発信すれば、「これは医療的な共通見解なんだ」と受け取られる。それって、とても大事なことですよね。
私はどちらかというと、「闘う」スタンスではなく、「こういうことが本当に必要だよね」と伝えていく姿勢で取り組んでいきたいと思っています。
もちろん、これまで声を上げ、勇気を持って闘ってきてくれた方々がいたからこそ、今の社会が少しずつ変わってきたのだと思っています。本当に感謝しています。
その上で、私は私なりに、対立ではなく共感を広げながら、少しずつ仲間を増やしていくような方法で前に進んでいきたいと考えています。

宋美玄(そん・みひょん)
産婦人科医、医学博士。大阪大学医学部卒業後、臨床医として勤務するかたわら、ブログやSNSを通じて性や妊娠・出産にまつわるリアルな情報を発信。医療的知見と等身大の言葉で語られる発信が注目を集め、多くのメディアに出演。現在は、性と生殖に関する健康と権利(SRHR)を正しく伝えるための医療情報メディア『crumii』を立ち上げ、編集長としても活動している。国内外でのフィールドワークや講演を通じて、すべての人が自分の体と人生を主体的に選べる社会の実現を目指している。

Author

JOICFP
ジョイセフは、すべての人びとが、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利:SRH/R)をはじめ、自らの健康を享受し、尊厳と平等のもとに自己実現できる世界をめざします