人口問題協議会・明石研究会新シリーズ  「活力ある日本への提言-鍵を握るのは若者と女性だ」 第4回(前編)

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2013.7.23

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人口問題協議会・明石研究会では、2013年の共通テーマ「活力ある日本への提言-鍵を握るのは若者と女性だ」のもとに、2013年6月27日に4回目の研究会を開催し、関連分野の専門家・オピニオンリーダーの皆さまと共に、議論を深めました。

■ テーマ:北欧の少子高齢化の教訓:女性の社会参加、外国人労働者の受け入れ
■ 講 師:妹尾正毅(元駐ノルウェー大使、日本ノルウェー協会会長)
           小川郷太郎(元駐デンマーク大使、株式会社 絆郷 代表取締役)
■ 座 長:阿藤 誠(人口問題協議会代表幹事、国立社会保障・人口問題研究所名誉所長)

発言の概要は次のとおりです。

阿藤 誠
日本では北欧というとすぐにスウェーデンを連想することが多いが、他にもノルウェー、デンマーク、フィンランド、アイスランドがある。今回はノルウェーとデンマークを取り上げて、元大使のお二人にそれぞれの国についてのご経験をお話しいただき、両国の共通性と違いなどについて考えてみたいと思う。まず妹尾大使からノルウェーについて、次いで小川大使からデンマークについてお話し頂く。妹尾大使どうぞ。

妹尾 正毅
グリーグ、イプセン、ムンクなどの芸術家で知られているノルウェーの、少子化・男女共同参画・外国人労働者の受入れについて述べたい。

1.ノルウェーという国:その特徴、他国との比較

少子化問題は、国家財政、国際化への対応と共に日本が直面する三大問題の一つと思う。一定の予想数字を含め、これを不可避の現象視する傾向が定着しかかっているのが気になる。本当にそうかを見極めることが重要ではないか。

私が滞在していたのは1990年代のことであるが、ノルウェーのケースの検証がそれを考える参考になればと思う。

(1)国土と人口
  1. 国土の1/3が北極圏内(北緯66度以北)、首府オスロは北緯60度でスウェーデンのストックホルムや、フィンランドのヘルシンキとほぼ同一線上。
  2. 西側沿岸部はメキシコ湾流が到達しているため、比較的気候は温暖。北部では5月中旬から7月下旬までは完全に白夜、11月中旬から2月上旬までの約2カ月半は太陽が出ない。
  3. アイスランドを除く北欧諸国中、人口と人口密度が最も低い。
  4. 参考(The Economist Pocket World in Figures,2013による)
面積
(1000平方km)
人口
(百万)
人口密度
(1平方kmあたり)
合計出生率
(fertility rate)
スウェーデン 450.0 9.3 20.7 1.9
デンマーク 43.1 5.5 128.8 1.9
ノルウェー 323.9 4.9 15.1 2.0
日本 377.7 127.0 336.2 1.4
米国 9,372.6 317.6 33.9 1.7
ロシア 17,075.4 140.4 8.2 1.5
フランス 544.0 62.6 115.0 2.0
ドイツ 357.9 82.1 229.4 1.5
オランダ 41.5 16.7 400.2 1.8
中国 9,560.9 1,354.1 141.6 1.6
韓国 99.3 48.5 488.5 1.4
(2)着任して印象的だったこと

 第一に、寒い、冷たいところ。人々もそうかと予想していたが、寒いが「暖かい」ところだった。家庭と家族を大事にし、4時にはオフィスを退出する。帰宅して食後にはスポーツのために一家揃って外出、小さい子は父親か母親が抱いたりしてスキーをする。冬は早くから暗くなるが、スキー場は夜でもライト付き。遅くまで一家でスキーを楽しむ。2軒に1軒は船を持ち夏の海に出掛け、週末には山荘で過ごすのが普通の暮らし方。

第二に、育児と女性の社会進出をどうやって両立させるか。高度福祉社会で支援が整っているというだけではない。子どもを公の場に連れて行く。1993-95年の在勤当時、ホルスト外相の講演中に、講演台の下で息子が遊んでいた。ある女性政治家への表敬では、娘の幼児が一緒に出て来た。他人に失礼とか、自宅で育児に専念とは考えない。外務省には子連れの職員用におむつ台を置いた部屋がある。

2.ノルウェーの少子化対策と男女共同参画社会・高度福祉社会、外国人の受け入れ

(1)産休制度、その他の出産・育児支援制度

1960年代に2.9の合計特殊出生率が1970年代から80年代にかけて約1.6に低下、育児休暇期間の延長や父親のクオータ化で1.9-2.0に改善して今日に至る。

  1.  

     

    現状は「両親ともに給与100%支給休暇57週間、12週間の父親のクオータ制を含む」。
    この国の産休制度は1936年に労働者保護法の形で導入され、母親に産前、産後の6週間ずつの産休を認めたのが始まり。特殊出生率が1970年代から80年代に掛けて低下したため、1977年に産前産後の休暇制度が12週から18週間に延長され、1980年にそれがさらに20週間に延長された末、出生率が低下した1993年には給与100%支給休暇42週間、または給与80%支給休暇52週間に、次いで100%支給休暇46週間、または給与80%支給休暇56週間に拡大され、それがさらに改善され2013年から上述の通り1年1カ月余の休暇期間になっている。
  2. 父親の産休も印象的。これを導入した世界で最初の国(1977年)。だが使用率が低いため、使わないと損をするクオータ制を1993年に導入。その期間は当初6週間、2009年に10週間に延長され、現在は12週間、かなり前から100%近く利用されるようになっている。
  3. 児童手当は0-17歳の子どもを持つ親に対し子ども1人当たり年額約13万クローネ(2.2万ドル弱)を支給。子どもを保育施設に預けない、仕事をしていない母親に出産時に一括助成金を支給。
  4. 学費は幼稚園への入園から高校まで無料、大学も事実上無料。うち1-5歳児の幼稚園通園率は2002年の69%から2008年には87%に増大。2009年1-5歳のすべての児童の幼稚園入園を権利として規定。現場では幼児教育や保育の資格を有する職員の不足が指摘されている。
(2)男女共同参画社会への転換
  1. ノルウェーは女性の社会進出度が高い国。その歴史は1880年代に遡り、女性は1913年には選挙権を獲得、1952年にはすべての公職に就く権利を取得。1976年男女平等法成立、1978年のオンブズマン制度が発足。1981年のブルントラント(女性)首相誕生と共に女性の登用が目立ち始め、1986年の第二次改造内閣では閣僚18人中の8人すなわち40%は女性とするとの事実上のクオータ制が、また1988年には公的委員会・審議会へのクオータ制がそれぞれ導入され、さらに2008年には企業取締役会にもクオ―タ制が導入された。ノルウェーの現在の就業率は15-64歳の男女合計数の75%を超え、世界一。1人当たりGDPが世界一である大きな要因である。
  2. だが、元来この国が世界でも注目されるgender equalityの体現国であった訳ではない。
    イプセンの「人形の家」(1879)の主人公ノラは夫の女性蔑視に耐えかねて一人で家を出るが、当時のノルウェーでは男女の大きな差別は普通のことだったようである。
    三井まり子著『ノルウェーを変えた髭のノラ―男女平等社会はこうしてできた』(明石書店)に詳しいように、今日の男女共同参画社会は傑出した女性達による党派を超えた共同努力の積み上げの成果。1970年代初めのノルウェーはまだ欧州でも女性の就業率の最も低い国の一つだった。
  3. こうして大きく進んだ男女平等の意味するものは何か、ノルウェー政府資料は、①人権、②経済的貢献、③労働市場の拡大、④ワークライフバランス、の4点を挙げる。
    そこで目立つのはここに「少子化対策」という言葉が見られないこと。すなわちそれは「少子化対策」を超える、独自の、幅広い、大きな意義のあるものとして捉えられている。
    ノルウェー政府は、今後の課題として、女性の仕事は保育士・教師・看護師等が多い、同一価値労働即同一賃金の達成、社長レベルの女性が少ない、ビジネス界の女性割合の改善、家庭でもっと男性に責任を、の5点を挙げている。妥協のない男女平等を目指している。
(3)徹底した福祉社会

 国の医療保険制度は保険ケアサービス省担当、県と地域の保険地区で専門化した医療サービスを提供、市町村レベルで看護、介護等の第一次的医療サービスを提供。課題は病院の順番待ちと人口の高齢化。治療、リハビリ、介護サービスの必要性が高まっているという。
 医療福祉サービス予算は国家予算の34%、財源は税金が消費税25%、所得税40%、計65%。
 この他、「政府年金基金グローバル」が石油・ガス生産からの政府収入を積み立て、それを世界中に投資、運用する形で、将来の必要に備えるべく、積み立てている。
その額は2012年年央で3,5610億ノルウェークローネ(当時の交換レートで6,285億ドル、ノルウェーのGDP1年5カ月分相当)。その一部は日本でも運用されているはずだ。

(4)外国人受け入れの近況
  1. 1990年代の私のノルウェー在任中は外国人受け入れ問題に関与した記憶なし。ノルウェーの人は国際協力目的の資金提供等は積極的だが、外国人の受け入れについては本来余り関心がなかったという印象がある。
    だがノルウェーの在住外国人数は近年大幅に増大。ノルウェー経済の発展が世界の注目を惹く中における、難民救済への協力の必要性の増大と、欧州全般にわたる人的移動の自由化の影響が大きい。ノルウェーの天然ガスはまだ底を突かないし、この傾向は今後とも続くのではないかと思う。
  2. 難民受け入れ開始は1940年後半のこと。UNHCRの第三国定住プログラムに基づくクオータ難民と庇護審査による個別難民とがある。受け入れ政策としてノルウェー社会への適応を重視する。
    庇護難民はトランジットセンターに3-5週間滞在後、全国140カ所に存在するレセプションセンターで財政支援、語学教育、職業紹介等を受ける。クオータ難民は地方自治体で入門プログラムを実施(ノルウェー語研修6-12カ月、語学実習6カ月、職業研修6カ月)。
     さらに政府から独立した「移民控訴委員会」、「平等・反差別オンブッド」、「KIM(移民当局間コンタクト委員会)」、「移民フォーラム」、「移民委員会」等移民側に立つ組織が多数存在。移民の扱いが総じて政府一任のわが国等とは異なり、移民側から見れば極めて心強いはず。
  3. 2012年4月現在の移民人口は約71万人で全人口の14.1% 。トップ5カ国は、ポーランド、スウェーデン、パキスタン、ソマリア、イラクの順、ポーランドとスウェーデンは協定上在住許可を要せず、他の3カ国は難民が多い(1992年には18.3万人で全人口の4.3%)。
    その51%はポーランド、ドイツ、スウェーデン等の西欧諸国からの移住者。残りはトルコ、モロッコ、イラク、ソマリア、パキスタン、イラン等からの移住者で、新生児の27%は移民が関係。現在総人口のうち、血統的ノルウェー人は80.0%、純粋移民系が12.2%、5.7%がノルウェー人と外国人の混血。他国系は欧州系5.8%、アジア系4.3%、アフリカ系1.5%、その他0.6%という。

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  1. では問題はないか。想起されるのは2011年7月22日の国粋主義者による悲劇的テロ事件、首都オスロの政府庁舎爆破事件とウトヤ島銃乱射事件で計77人が死亡。外国人、特にイスラム教徒が目立ってくるとどこでも国内の反感が高まり、いろいろな事件が起こる。だが国際協力を地で行くようなこの国で発生した大惨事は、広く世界の関心を招く。
    オスロ市民の2-4割が花束を手にして物故者へ弔意を表明、政府は外国人排斥の意向は全くない立場を鮮明にした。
  2. これからはどうか。ノルウェー政府および国民一般の国際協調的態度もあり、当面国内の大きな不安要因となるには至るまい。だが上述の外国人人口比率はすでにかなり高い。従来景気が悪化すると、そのしわ寄せが国内の外国人に向けられることは欧州各地で起っている。
    外国人受け入れは欧州(EU)のそれと連動する仕組みになっているため、ノルウェーだけでできることは限られており、政府もEUの施策如何が重要と指摘している。それだけに、イスラム系移住者の文化、宗教的態度如何が今後とも重要、注視していく必要があろう。

3.ノルウェーの風土と施策―合理的施策の必要性

(1)ノルウェーの成功の秘訣
  1. この国の福祉国家的施策実現の背景にあるものは何か。それをノルウェー人に聞くと「人が大事」。それは男も女も変わりない、石油や天然ガスがたくさん出るようになっても、人間の方がより大事なことに変わりない。所得の思い切った再配分計画が人々を安心させ、満足感を与え、そういう政策を進める必要があると思う点では左派政党も右派政党もほとんど変わりがない。また、男も女も働く必要がある、それは収入を得るというだけではない、働いたほうが女性にとっても生き甲斐があるからである。しかも女性も働くと経済は効率的、順調に発展することが証明されている。
    思い切った施策が採用、実施されており、日本では中々そうはいかない、どこが違うのかと尋ねると、高度福祉社会の実現維持の重視は左翼政党も右翼政党もほぼ同意見であり、また一般国民と政治家の距離も近い、従って国民全体がほぼ同じ方向を向いており、合理的で良い政策については誰もが賛成するのでやりやすい、という答えが返って来る(在日ノルウェー大使館文化・情報担当参事官)。
  2. 私なら更なる要素として女性の果たした役割を加える。1970年代の女性の活躍がその典型、当時、石油はまだ国の重要資源にはなっていない。当時の発展は専ら女性の社会進出、就業の増加によるものであった。後に首相となり、国連の環境開発委員会の議長を務めたブルントラントさんがそのリーダー格であるが、先に(2012年11月)訪日したストルテンベルグ首相の夫人もそういう意味での指導者の一人であると言われている。
    この男性社会の国がいかにして世界一の女性参画社会へと変貌して行ったかは前出の三井マリ子の著作に詳しいが、私は、第一に、女性が直面する問題の解決を目指し、第二に、その手段として自らが政治家となる道を選び、第三に、党派対立を超えた女性の共同努力で社会の仕組みを変えていったこと、そういう一連の女性リーダー達の一貫した、現実を見据えた、努力の推進そのものに成功の秘訣があったと思う。目標貫徹のための闘いはまだ続いている由であるが。
(2)ノルウェーの国土と人々

今一つ、私はその背景には、この国の人の言わないものがあると思う。それはこの国の風土と国民性であり、この点については日本の専門家も私にほぼ同感と述べている。

  1. 国土や気候、人口密度などの特性のなかで、自らの安全に敏感、自分を守るのは自分のみ、必要なことは自分がやる、という意識が強い。
  2. 200キロにわたりロシアと国境を接しており、ロシア人が侵入定住することを警戒している。地方の人口の減少に敏感、地方に手厚い国の予算配分の背景。少子化問題には真剣に対処。人口減少の経済への影響もあった。
  3. 厳しい環境に育つ人は個人として強くなる。そして個人の力が大きくものを言う。冬季五輪の金メダル最多保有国。強い個人、相互協力も重視、凄い結果が生まれ得る。
  4. ノルウェーの特異性(ノルウェーの学者の説オスロ大学グレンセス助教授、1965)
    国民の多くが属するルーテル派キリスト教には個人重視傾向の人が多く、またこの国は、貴族階級・富裕商工階級不存在の小農中心国家であったため。

4.日本の問題、背景と対策

結果は意思と能力の積、少子化対策と福祉社会実現については、日本は意思、能力の両面においてノルウェーに劣り、その背景には日本の風土と歴史が係わっているように見える。

  1. 風土:温暖で豊かな自然に恵まれた日本では、自然に起こることへの抵抗感がない。
    いつも気を付けていないと命を失うことになりかねない北欧とは全く異なる。だが少子化が続くとどうなるか。現在の年金制度が完全に崩壊することを始め、社会秩序、国内経済体制は随所に破綻を来たし維持困難となろう。日本国民にはまだその実感がない。
  2. 歴史:日本には「人口過多」時代の記憶が残り、人口減少を気にしない人が多い。むしろ人口過多はよくない、この機会に少し減った方が良い、と考える人が結構いる。だが、人口はそう簡単に増減を操作できるものではない。減り出すと止めるのは大変。このままでは日本社会とそれを支える仕組みが崩壊する危険があると覚悟しておくべきだ。
  3. 国際感覚の欠如:かつての日本は、上手に、かつしっかりと他国から学ぶ国だった。今の日本は少子化問題、高齢者問題、環境・原発対策等への対応で世界諸国に先駆け、対策を考え先例を提供していくべき立場の国。だが、その意識の転換が欠如しているのではないか。
  4. 社会、政治の混乱と対策:政治の混乱が真に必要とする緊要政策の優先的推進を阻害している。北欧の成功例の紹介等克服可能性を示し、国内啓発に努めて新しい道を開くべきである。ノルウェー政府(大使館)その他外国の代表を招いての大規模セミナー、フォーラム等先例もある。関心を有するものは多数いるはずだから、これを国民的啓発運動に発展させていくべきではないか。
  5. 明るい未来を願って
     以上、いささか悲観的な話をしたが、日本にも良い風が吹くことはあるのかもしれない。安倍総理は歴代首相の中で最も少子化対策を重視している印象を与える。ある大企業の社長は、女性社員は男性にない才能を示すと熱く語っていたし、経団連の女性役員は女性の就業・育児問題に対する産業界の雰囲気も変わり始めていると述べていた。大変心強い。日本にも変化が起こることを期待し、私の報告を終える。



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