プライマリーヘルスケアは保健システムの「毛細血管」

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2012.1.16

再びカンボジアから:

私は、年末年始を含めてカンボジアに来ています。目的はJICAによる「カンボジア国リファラル病院における医療機材管理強化プロジェクト」での保健省への保健行政・マネジメント分野の技術協力です。今回は関連の政策文書や長期戦略作りをカウンターパートとともに行うことが私の業務となっています。
今回は地域における保健活動に目を向けてみたいと思います。

プライマリーヘルスケア(PHC)を考える:

みなさんもご存じの通り、1978年に世界保健機関(WHO)やユニセフが主導して「アルマ・アタ宣言」が発表され、「Health for All by 2000」 (2000年までに全ての人々に健康を)という理念のもとに、プライマリーヘルスケア(PHC)プログラムが開始されました。
地域(コミュニティ)に、小さくともよいので保健施設(保健所や診療所)をつくり、基本的に保健サービスのできる人材(助産師等)を配置する。そしてコミュニティの保健ボランティアを育成し、住民の保健意識を高めるとともに、第一次医療保健サービスを提供する。住民の間に「自分の健康は自分で守る」という考え方を浸透させるなどが構築され、始動したのです。80年代はまさにPHCが最盛期でした。

日本はPHCの先進国:

日本のボランティア(いわゆる多分野の推進員)を活用した地域保健活動は、このPHCの発表以前から確立された保健事業として、世界から注目を浴びていました。ジョイセフも多くの開発途上国から来日した研修員に対して住民参加型保健活動の好事例を紹介していました。また寄生虫予防や栄養改善等と家族計画や母子保健を結びつけた統合(インテグレーション)プロジェクトを国連機関などとも連携し、アジア、中南米、アフリカで実施しました。
日本の事例は、高い医療サービスともリンクされた、PHCと第2次や第3次医療へのアクセスが構築され一体となり、まさに住民の命を救う「セイフティーネット」となっていたのです。このしっかりとした「保健ネットワーク」は、これから保健システムを構築する多くの国の人々にとって、学ぶべきところは多かったと思います。日本は、以前から、PHCの先進国であったのです。

PHCの復活:

2000年代に入って、現場を訪ねるたびに開発途上国の現場では、PHCが縮小してきているのではないかと思われました。それは2000年を前に行われた専門家による評価で「PHCは妊産婦死亡率や乳児死亡率を下げることに影響を与えていない」という見解が発表されたことに一因があったと思われます。病院を含む医療施設などが充実しない限り命は救えないというのは自明の理ですが、この見解はPHCを否定するものだと受け取られてしまったのではないでしょうか。PHCを「保健システム」の重要な一部であるとしてみることなく、単なる「プロジェクト」としてみた評価を下してしまったのではないでしょうか。
予防医学的な見地から言えば、住民への保健プロモーションは、プロジェクト以上長い時間を要する意識・行動変容にまで至る長期的なプログラムです。地道な活動を地方行政やNGOが支えていたPHCがこのような評価を受けて、資金カットによって中途で挫折してしまいました。資金が途絶え、活動が継続できないという悲しい状況が世界中で見られました。住民は再び、保健サービスから遠くへ追いやられてしまったのです。
しかし、しばらくしてうれしいニュースが入ってきました。2008年10月になって、再度アルマータにおいてWHO(世界保健機関)は、プリマリーヘルスケア(PHC)アプローチの復活を宣言した世界保健報告書(WHR)を発表したのです。WHOは、疾病予防を強化することにより治療に必要とされているコストの最大70%は節約可能と推計しました。紆余曲折はありましたが、PHCの復活は、予防医学活動の強化につながると期待されています。

PHCは保健システムの「毛細血管」:

私は持論として、PHCは保健システムの「毛細血管」であると信じています。心臓や大きな臓器や太い血管が注目されるのは、それはそれで重要ですが、人間の身体全体を縦横に支えている「毛細血管」も決して忘れてはなりません。
世界が今改めて、PHCの復活を唱え始めています。しかし、一旦崩壊したシステムを再構築するのにはそれなりの時間がかかるのは言うまでもありません。PHCの再構築は再び保健システムの「毛細血管」の役割を見直す重要な「鍵」となるのではないでしょうか。そこで、改めて、より効果的な行政の保健サービス(保健所など)と地域のNGOとの連携協力が見直され、注目されています。
日本は、歴史を見るとPHCを継続することにより保健システムを末端まで支えてきた国であると私は思っています。PHCはまさに「縁の下の力持ち」なのです。そんな日本から、再度PHCの強化を発信していきたいと思っています。
約8割の妊産婦死亡や乳児死亡は医療のシステムの届いていない農村地域で起こっています。妊産婦や乳幼児の命を守る保健システムの強化は、住民に一番近い草の根から行われなければならないと信じています。そしてそれが病院につなぐネットワークとしっかり結ばれ、「命を守る」保健システムになるのではないでしょうか。
(2012年1月カンボジアにて)