WHO モニール・イスラム氏インタビュー(前編)

2014年1月9日

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WHO モニール・イスラム氏から日本の皆さまへメッセージ

WHO モニール・イスラム氏インタビュー

モニールinterview

話し手:モニール・イスラム氏(WHO: 世界保健機関)
聴き手:高橋秀行(ジョイセフ業務執行理事)

高橋
本日は、貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。世界保健機関(World Health Organization、WHO)よりモニール先生をお迎えすることができ、大変光栄です。この機会に、妊産婦の健康の世界的現状やモニール先生のご経験と観点をお話いただくとともに、私どもが活動している妊産婦保健、妊産婦新生児保健、母子保健という用語がいかなる状況の中で変遷をたどったかについて、ご意見をうかがいたいと思います。まず、家族計画、母子保健、リプロダクティブ・ヘルスへの呼称が世界的にどのように変化してきたのか、WHOの視点からご教示ください。
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モニール氏
ジョイセフの場所に再び戻ってきて、母子保健の推進のためにすばらしい活動を続けているジョイセフの活動の一翼になれることを光栄に思います。ご指摘のとおり、かつて家族計画は大きな流れがありました。これは、世界のリーダーたちが、人口増加により深刻な問題が引き起こされると考えたことによるもので、当時は確かに人口増加への対応が必要でした。

その後、1994年にカイロで開催された国際人口開発会議(ICPD:International Conference on Population and Development)で、リプロダクティブ・ヘルスが強力に推し進められました。しかし、これらすべての努力にもかかわらず、妊産婦の健康はいまだ改善されず、妊産婦死亡率は減少していない事実にわれわれは気が付いたのです。幼児死亡率は高水準のままで推移し、HIVは惨めな状態で、結核とマラリアは今も蔓延しています。おそらく、このような現実に直面したことで、人々は集結し、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals、MDGs)の目標4(乳幼児死亡率の削減)、目標5(妊産婦の健康の改善)、そして目標6(HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止)について協議を始めたのでしょう。MDGsのうち、保健に直接関連しているのは目標4、5、6ですが、
その他すべてのMDGの目標が健康に影響を与えます。目標はいずれも野心的ですが、MDGsの存在が各国政府やドナーを目標達成に向けて動かす大きな力となりました。

その後、MDGsにはリプロダクティブ・ヘルスが含まれていないことが分かり、これを入れる大きな動きがありました。その結果、目標5にリプロダクティブ・ヘルスに関するいくつかの指標が加わりました。このように、リプロダクティブ・ヘルスへ大きな一押しがありましたが、この分野への国際的な投資は十分ではありませんでした。ドナーによる援助は行われましたが、各国政府の自らの手による投資は不十分でした。

一方、妊産婦死亡率が世界的に削減された現状を見れば、大きな進歩があったと言うべきでしょう。アジアでは、バングラデシュ、ネパール、ベトナムなど多くの国が、懸命に取り組んでいます。アフリカでも、ルワンダ、タンザニア、ガーナなどいくつかの国ででも大変良く取り組んでいます。しかし、今でも多くの開発途上国は立ち遅れており、MDGの目標4と5の達成は難しいでしょう。目標4の乳幼児死亡率については、予防接種プログラムの実施、栄養状態の改善、下痢や肺炎による死亡の減少などにより、大半の国が削減に成功してきました。

しかし、多くの開発途上国の新生児死亡率は削減されていません。従って、目標4を達成しようとするならば、新生児死亡率が削減されているかどうかを注視する必要があります。新生児死亡は、妊産婦保健と妊産婦向け保健サービスと密接に関連しています。目標4と5は相互に関連しており、いずれも大幅に改善していますが、いまだ十分なレベルには到達していません。そして多くの国々が目標4と5を達成できない見通しだと言うべきでしょう。

高橋
モニール先生より、母子保健の分野がどのように変容してきたか、そして、妊産婦と新生児の健康がどのように相互に関連しているかといった点について、大変重要なご指摘をいただきました。

次に、援助機関・団体の連携について伺いたいと思います。私たちの分野では、人口問題に関する活動をしている団体もあれば、リプロダクティブ・ヘルスに関する活動をしている団体、家族計画や妊産婦保健に焦点を当てている団体など様々です。これら類似した活動を行って国際機関・団体が協力し、より多くの成果を挙げるためにプログラム・レベルで援助調整を行うことについて、モニール先生はどのようにお考えですか。

例えば、WHOは、いわゆる妊産婦・新生児保健パートナーシップ・プログラムを実施しています。また、国連人口基金(United Nations Population Fund、UNFPA)には、リプロダクティブ・ヘルスと人口問題に取り組むという使命があります。私たちは、これら国際機関と一緒に活動する際、相手によって用語を微妙に使い分けなければならないことがあります。モニール先生は、援助機関・団体がより密接に連携し協調を図るためにはどうしたらよいとお考えですか。

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モニール氏
今、述べられたことは現実であり、私たちが目を向けなればならない重要な課題です。どれかひとつのことに絞って後はなしとする姿勢ではなく、援助機関・団体間の真の連携が必要です。もしある団体が、「私たちは家族計画だけに取り組み、それ以外については何もしません」と言ったとしましょう。妊産婦死亡は減りません。そんなことはあってはいけません。また、別の団体が、「私たちは家族計画については何もせず、妊娠中の妊産婦だけを扱います」と言ったとします。それもまた、私たちは目標を達成することができません。

アフリカの多くの国々とアジアの数カ国では、出生率が非常に高いです。ご存知のとおり、妊産婦死亡率は、妊娠・出産の頻度、回数、そしてその経過に関連があります。もし妊産婦死亡率を本気で削減しようとするなら、家族計画は大きな役割を果たします。しかし、女性が一旦妊娠すると、サービスが必要となります。サービスなしでは不可能です。妊娠を防ぐことができるならいいでしょう。頻度や回数を減らせるならいいでしょう。しかし、一旦妊娠すると、その9カ月間は誰かがケアをする必要があります。妊娠中は、いつ何が起きてもおかしくありません。従って、妊産婦がケアを受けられるシステムが必要です。出産は、清潔で安全でなくてはなりません。合併症が発生した場合、それに対応できるレファーラル(医療機関照会)制度での搬送が必要です。

お話しましたことはサービスについてです。この上に、女性のエンパワーメント、女性の地位向上、そして女性が意思決定する力があり、これらは関連しています。女性の栄養状態がその一例です。インドなど多くの開発途上国では、妊産婦の約5割が貧血です。これは、女性たちが適切な栄養を摂取していないことを表しています。妊産婦保健は、片面だけを見てもう片面は見ないというように別々のかたまりとして見るのではなく、包括的な捉え方が必要です。課題は、女の子が生まれた瞬間から始まり、妊娠して母親になるまで継続します。私たちは妊娠するという課題と少女という課題を全体的にみる必要があります。これらの課題は異なる観点です。ですから、「私たちは健康についてだけ考え、その他の問題は考えない」と言う団体はないでしょう。「私たちは家族計画だけを見る」という団体もないでしょう。ですから個々の家族向けとコミュニティ向けのサービスを包括するプログラムが必要です。

高橋
モニール先生より、「包括的なプログラム」あるいは「包括的な方法」という重要な観点のご指摘がありました。さらに、各援助機関・団体が連携するためのシステムについてもお話いただきました。連携のためのシステムや包括的なプログラムを構築したとして、次の課題は、それらをどのように持続させ発展させるかということでしょうではないかと思います。モニール先生は、多くの国やプログラムの現場を訪問し、助言をされていますが、その中に包括的なプログラムの成功例はあるのか、さらに包括的にするためにどのような調整が必要なのかお聞かせください。ジョイセフも、アジアやアフリカでプロジェクト又はプログラムを実施しています。ご指摘のとおり、包括的プログラムには、組織力やカウンターパートの力量が必要です。包括的プログラムについてご助言をお願いします。
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モニール氏
非常に重要な課題です。包括的プログラムの持続は困難です。第一に、資金の手当てができるか。さらにその資金手当てを持続することができるかは、大きな課題です。アフリカ諸国が、国家予算の15%を保健分野に充当する計画を作成したことはご記憶でしょう。では実際に手当てがなされたのでしょうか。なされませんでした。多くの国々では、税金を資金源にする公共サービスを実施できるほどには、経済成長が達成されません。たとえ資金があったとしても、資金の使途について優先順位を設けていません。一方、世界経済の低迷を受け、先進国による政府開発援助(Official Development Assistance、ODA)は減少の一途です。つまり、開発途上国政府は予算を手当てできず、ドナーは援助を増額することができません。その結果、保健システムへの資金手当ては危機的状況となっています。

そこで、「すべての国で、サービスを無料化することができないか?」といった議論や、プル・システムや保険料分担制の導入が必要だという議論が始まりました。サービスの無料化については、質の良いサービスを提供し続けることができるのかという別の問題を検討する必要があります。このように、保健システムへの資金手当ての課題は非常に大きなテーマで、現在、議論が起こりつつあります。「ヘルス・カバレッジ」への投資に関する議論には、資金手当ての手段を検討することが不可欠です。

ご指摘のもう一点目は、現実の課題です。ジョイセフは良く活動しています。英国国際開発省(DFID: Department for International Development、国際協力機構(JICA: Japan International Cooperation Agency)などの各団体がそれぞれ活動する中、「包括性」をどう見るかですが、これらの援助機関も良く活動しています。重要なことは、包括的プログラムをいかに開発途上国政府と協力して作り上げるかです。私たちは、より大きな全体像を描く必要があります。ジグソーパズルのようだと言う人もいます。政府、JICA、ジョイセフ、DFID、ノルウェー開発協力局(The Norwegian Agency for Development Cooperation、NORAD)などの各機関・団体がそれぞれ別の活動を行っていますが、それらはすべて一つの全体像の一部です。多くの開発途上国で課題となっているのは、各援助機関・団体が相手国の国家計画に沿わない独自の計画を策定してしまうことです。その結果、共通の計画、資金手当てのための共通の枠組み、そして共通のモニタリング制度を構築しようという動きが出てきました。もし共通の計画が存在し、その中の一部をジョイセフが実施し、政府や他機関はジョイセフの担当分野は実施しないという状況であれば、問題ないでしょう。担当分野は異なりますが、全体で一つの絵を完成させるということです。つまり、各援助機関・団体が別々に活動することが問題なのではなく、全体に共通する計画を策定しないことが一番の問題だと言えます。

高橋
鳥瞰図をご説明いただきありがとうございます。ただ今、包括的なプログラムというお話がありましたが、さまざまな分野のうち日本が伝統的に妊産婦・新生児保健、家族計画、そして母子保健を重視してきたことについてはどのようにお考えですか。また、数ある開発テーマの中で、妊産婦・新生児保健や母子保健がどのような重要性をもち、この分野を促進することで開発プログラムという観点からどのような波及効果が期待できるかについてもご意見を伺いたいと思います。
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モニール氏
まず初めに、日本は妊産婦の健康改善において、すばらしい経験の蓄積があることをお話する必要があります。第二次世界大戦後、日本の妊産婦死亡率はまだ出生10万あたり100以上という高水準でした。これに対し、日本政府は、母子保健こそが社会と開発の根幹であるとの認識に基づき、母子保健の分野に重点的投資を行いました。その結果、今日までに多大な進歩を遂げたのです。課題は、経済発展と妊産婦保健との間にどのような関連があるかです。1950年代から60年代、タイとマレーシアの妊産婦死亡率と幼児死亡率は極めて高い水準でした。当時、これらの国々は経済状態も悪く、パキスタンやバングラデシュ以下でした。しかし、タイとマレーシアは母子保健への投資を開始し、今日、両国の母子保健プログラムは先進国と同レベルです。そして、これらの国の経済がどれだけ発展したかは言わずもがなです。経済発展との因果関係を統計的に示すことは困難ですが、関係があることは確かです。日本政府は、開発途上国支援において長年にわたる実績をもち、支援にあたっては自国の経験を活かそうと努力しています。しかし、経済状況の停滞という現実もあります。私は、日本の経済が再び成長し、日本政府がかつてと同様かそれ以上に母子保健分野への支援を実施してくれる日がくることを期待しています。

また、先ほど「なぜ母子保健か」というご質問がありました。もしすべての女性が明日から妊娠を拒んだら、人類は滅亡するでしょう。人類の存続のため、女性は妊娠して自らの命をリスクにさらしているのです。人類存続のために自らの命をリスクにさらしている人たちがいる一方で、私たちが何もしないことは許されないというヒューマニティの側面も、この課題にはあるのです。母親の生存は、子どもの生存、子どもの健康、そして子どもの成長につながります。また、健康な子ども、若者、青少年は、健康な労働力と健全な経済を意味します。私は、開発のプロセスは、妊娠や出産の瞬間から始まると考えています。人口置換水準という言葉をご存知でしょう。これは、カップルが子ども2人を産めば、人口は増えも減りもしないという世代交替の指標のことです。乳幼児死亡率の高い地域では、5歳までに2-3人は死亡することを前提として、4-8人の子どもを産むことになります。もし妊産婦や乳幼児の健康改善が実現したら、これほど多くの子どもを生む必要はなくなり、女性が妊娠・出産における死亡のリスクにさらされる確率も減るでしょう。そうなれば、女性は子どもの健康改善に集中できるようになるし、家族全体の健康が改善されれば、より良い教育が可能となり、その他の開発課題でもより良い結果を出すことができます。そして最終的に、健全な経済がもたらされるのです。従って、母子保健と国家の開発には、本質的な因果関係が存在すると言えるでしょう。

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