ODA(政府開発援助)60周年に考える

2014年2月3日

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日本が国際協力に乗り出したのが今から60年前の1954年(昭和29年)であった。また、第2次世界大戦終了後の1945年(昭和20年)から国際的な枠組みが徐々に構築され、国際通貨基金(IMF)や国際復興開発銀行(世界銀行・IBRD)が設立され、活動を開始したのも、ほぼ同時期(1946年)のことである。
1954年、日本がコロンボ・プランに加盟。日本人専門家による技術協力や研修員の受け入れも始まった。現在では、コロンボ・プランに加盟した10月6日を記念して日本政府はこの日を「国際協力の日」としている。
日本の国際協力の歴史もやっと「還暦」ということである。その後、日本が国連に加盟したのが1956年(昭和31年)。青年海外協力隊が初めて派遣されたのが1965年(昭和40年)。国際協力事業団(現国際協力機構・JICA)が発足したのは、1954年から20年が経った1974年(昭和49年)であった。
1985年(昭和60年)に出版された朝日新聞社の「援助途上国ニッポン」というレポートは話題を呼んだ。援助に慣れない日本が模索しながら努力を重ねていたころである。私の担当していたフィリピンの家族計画プロジェクトが紹介されたのを懐かしく思う。
その後、日本は、急速な経済成長に伴い、先進国の中でもODA(政府開発援助)の総額を伸ばし、1989年(昭和64年・平成元年)には世界No.1となり、世界に貢献する日本としての実績を上げた。しかし、現在はODA総額では、世界5位にまで落ち込んでいる(2012年度:1位:米国、2位:英国、3位:ドイツ、4位:フランス)。
1997年(平成9年)以降日本のODAは減額の一途をたどっており、その金額は、ODA総額は世界一を誇っていた頃に比べ40%以上の減額となっている。これにより日本の「プレゼンス」が希薄になってきていることは事実であり、懸念される。積極的平和主義や平和外交を標榜する日本としては、この60周年を機に、さらに積極的なODAの増額と開発途上国のニーズにあった一人ひとりの健康や生活の向上に届く支援協力を行ってほしい。
(2014年2月、東京にて)

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