
2026年7月、国連「最高水準の身体的及び精神的健康を享受する権利(健康の権利)」特別報告者のDr.トラレン・モフォケンさんが、ジョイセフの招へいで日本を訪れました。
モフォケンさんは、「Dr.T」の愛称で世界中で愛されるカリスマ医師です。国連人権理事会から任命され、各国政府や国連事務局から独立した立場で調査・勧告を行う特別報告者を6年間務めました。今回の来日は、任期最後の公式活動となります。
世界人口デー(7月11日)に向けて、「健康の権利」「SRHR(性と生殖に関する健康と権利)そして「人権としての包括的性教育」をテーマに、大学での講演や衆議院第一議員会館での院内勉強会、メディア関係者向け勉強会など、複数の場で率直な言葉を重ねました。
そしてこの滞在にはもうひとつ、ジョイセフの理事・評議員との意見交換という、貴重な対話の時間も設けられていました。

【プロフィール】
トラレン・モフォケン医師(Dr. Tlaleng Mofokeng) /国連 健康権特別報告者
Dr. T(ドクター・T)』の愛称で世界中から愛され、Forbes Africaの表紙やGLAMOUR誌のウーマン・オブ・ザ・イヤーにも輝いたカリスマ医師。BBC『100人の女性』の一人でもある彼女は、性と生殖、そして女性のウェルビーイングに関するタブーをオープンに語ることで、世界中の女性たちに『自分の身体の主権(自己決定権)』を取り戻す勇気を与えてきました。医学的知見と圧倒的な発信力で世界をエンパワーする、現代のアイコンです。
世界人口デーは、「人数」より「人権」を考える日
世界人口デーは、人口を「数」としてではなく、一人ひとりの命、健康、尊厳、そして自らの人生を選択する権利について考える国際デーです。日本では少子化対策が大きく語られる一方、「自分の身体と人生を自分で選ぶ権利」をめぐる議論は十分とは言えません。
そうした状況の中、ジョイセフの理事や評議員と、モフォケンさんとの意見交換の場が設けられました。参加したのは、弁護士で女性差別撤廃委員会委員を務めた林陽子理事、医師でグローバルヘルスの現場に携わってきた國井修評議員、法学者の谷口真由美理事、ジャーナリストの竹信三恵子評議員、東京都助産師会館理事長の岡本喜代子評議員です。
そこで語られたのは、日本の包括的性教育を推進するアドボカシー戦略にとどまらず、グローバルヘルスの資金構造や、データという新しい資源をめぐる世界共通の権力構造にまで及ぶ多様なテーマです。
国連の第一線に立つ専門家のまなざしと、ジョイセフの理事・評議員それぞれの経験が交わる対話を、このレポートで振り返ります。
原点――アパルトヘイト下の子ども時代
「自分の身体と人生を自分で選ぶ権利」。ジョイセフにとって最も大切なこの言葉は、モフォケンさんの歩みそのものでもあります。性と生殖にまつわるタブーを臆せず語り、多くの女性に自己決定権を取り戻す勇気を与えてきました。
会場に到着したモフォケンさんは、この場で感じた雰囲気と、自身の原点である南アフリカでの子ども時代について語り始めました。
ここでは友人や仲間に囲まれている感じがして、なんだかほっとします。ふだん、闘わなければならない相手と同じ部屋にいることが多いですから。
私はよく「反逆者」と呼ばれますが、そのレッテルを、むしろ誇りに思って生きてきました。ガザ地区で起きていることについても、私はガザの子どもたちのために必死で闘います。かつて私自身も、アパルトヘイト下の南アフリカに暮らす子どもでした。あのとき、見知らぬ誰かが、私のために闘ってくれたのですから。
私は「クワクワ*」という村の出身で、家族がそこで暮らしていることを隠さず公言しています。これには理由があります。今、私自身はヨハネスブルグのサントンというアフリカでも屈指の富裕エリアに住んでいます。でも、そこで働き生活していても、故郷として帰省するのは、資源や命を奪うためにつくられたあの場所です。この矛盾をみんなに知ってもらいたいのです。
*クワクワ:アパルトヘイト時代、レソト国境近くの極めて狭い地域に南アフリカ政府が設置した、ソト人(南部ソト族)のための黒人居住区(ホームランド)。
私たちの中には、「人生がうまくいった」と言える人がいるかもしれません。けれど、そこにたどり着くまでに、どれほどの不正義をくぐり抜けてきたことか。国連での活動に対しても、それ以前に20代の医師として性の悦びについて語り始めた頃からも、私は大きな反発を受け続けてきました。
もっとも、私のような生い立ちの人間にとって、そんなものは「アヒルの背中を流れる水」のようなもの。痛くも痒くもありません。私は、女性たちが腹の底から笑い、料理をしたり庭仕事をしたりしながらコミュニティを築いていく、そんな環境で育ちました。母の足元に座り、いつも女性たちの話を聞いていたのです。夫のこと、仕事の悩み、体のこと。子どもながらに、その場にいさせてもらえたことを、今でもありがたく思っています。
アパルトヘイト下で女性たちが受けた不正義は、記録されることも、分析されることもありませんでした。けれど、女性たちの話をずっと聞いてきた私には、引っかかることがありました。「南アフリカのサッカー選手は背が低い」という冗談や、5歳未満児の死亡率のことです。医療機関は、女性の身体に何をしていたのか。それが、子どもの発育不全や成長の遅れにつながっていたのではないか。そう考えるようになったのです。
私の祖父は時代を先取りする人で、母に最高の教育を受けさせようとしました。母は大学に進み、障がいのある子どもたちの教師になりました。その道は、今の私の仕事にもつながっています。そして、子ども時代に感じた「居場所がある」という感覚、コミュニティをつくっていくという感覚が、今の私を突き動かしています。だからこそ、今回、日本に来ました。私たちみんなのために、どうやって世界をともに描き、つくっていけるのかを探るためです。

大きな改革より、小さな一歩。包括的性教育への処方箋
モフォケンさんは、日本政府の包括的性教育に対する姿勢が頑なであるという課題について、私たちがどのように前進すればいいか、率直な助言をしてくれました。
現状をひっくり返そう、という話ではありません。多くの場合、必要なのは大きな改革ではなく、「妊娠している女性」を「妊娠している人々」に言い換えるといった、小さな、しかし意味のある修正です。法案そのものを私たちが起草し、草案という形で議員や行政担当者に手渡せば、相手はそれをたたき台に、自分たちの言葉で交渉できるようになります。
もうひとつ提案したいのは、議員の皆さんがユネスコの包括的性教育に関するガイダンス(国際セクシュアリティ教育ガイダンス。性教育の国際基準となっている)を学び、質問できる場をつくることです。ガイダンスの中身を知らないままでは、いざ議会で「なぜこのガイダンスに沿って改正するのか」と問われたときに、議員ご自身が答えに窮してしまいますから。
「判断」ではなく「対話」のための場を用意することで、まだ意見を決めかねている議員を、少しずつ味方の側へ引き寄せていくことができます。そして、小さな前進が達成されたら、公表して称えてください。SRHRに前向きな行動をとった政治家を、メディアを通して評価するのです。

世界に共通する「資金と政治」の構造
日本の課題は、世界共通の構造の一部でもあります。モフォケンさんは、SRHRに関する資金の扱われ方について、繰り返し異議を唱えてきました。
たとえば科学技術の研究には「投資」という洗練された名前がつく一方で、女性たちが(健康や権利の)プログラムに資金を求めると、それは「施し」とされてしまいます。慈善である限り、資金を出す側の都合ひとつで、支援がストップする可能性があります。
実際にコロナ禍では、多くの国でSRHR関連のクリニックが閉鎖され、スタッフも他の対応に回されました。緊急事態が去っても、サービスは元には戻りませんでした。緊縮財政のたびに、女性の健康に関わる予算が真っ先に削られるという構造は、どの国にも共通しています。
だからこそ私は、自国内で財源を生み出していくという視点を強調したいのです。国際的な支援がいつまでも続く保証はありません。自分の国で、保健医療予算のうち一定割合を、明確にSRHRに充てていくこと。それを制度として組み込んでおくことが、政権が変わっても後退しない仕組みにつながります。
この視点は、この日、ジョイセフの評議員を務める国井修氏が語ったグローバルヘルスの資金構造とも、深く重なり合うものでした。

声を上げる人が「自分を癒す」大切さ
モフォケンさんは、ガザの人道危機についても声を上げ続けてきました。その活動には大きな代償が伴います。法的な争いに巻き込まれ、名指しでの中傷にもさらされました。それでも「やめるつもりはない」といいます。
こうした日々を支えているものは何か。評議員からの問いかけに、モフォケンさんは答えました。
子どもの頃、母はよく「大胆でいなさい」と言ってくれました。試験のときも、人前で話すときも、「自分の最善を尽くせば、それだけで十分」と。私は今でも人前で話すときに緊張しますが、その感覚を大切にしています。緊張することで、かえって自分自身の中心に戻ることができ、自分が人間であることを実感できるからです。
その一方で、私は音楽を聴いたり、文房具を集めたり、子どもたちとプールで遊んだりして、自分自身を楽しませる時間も大切にしています。年齢を重ねていくことは大好きですが、すっかり「大人」になりきってしまうことは望んでいません。意図的に、自分の中にある「子どもらしさ」を持ち続けるようにしています。
深刻なテーマの仕事に取り組みながらも、私は自分のことを「とても真剣な仕事をしている、いちばん不真面目な人間」だとよく言っています。関節や骨に不調があり、慢性的な痛みも抱えているので、「これ以上は速くできない」「今日は疲れている」ということも、正直に口にするようにしています。無理をして自分を追い込むことはしません。
とはいえ、こうした考え方にたどり着くまでには、それなりの時間と過程が必要でした。これからも長く仕事を続け、影響を与え続けていくためには、自分の体と心をケアすることが欠かせないと気づいたのです。
皆さんにお伝えしたいことがあります。誰かに「活動家としての罪悪感」を利用されて、行動を強いられることのないようにしてください。「問題があると分かっているのに、なぜ何もしないの?」と言われることがあるかもしれません。でも、行動を起こすかどうかを決めるのは、あくまでも皆さん自身です。全てを私たち活動家に背負わせるようなことがあってはなりません。私たちも、無限に働き続けられるわけではないのですから。
この運動の中では、若くして命を落とす人や、メンタルヘルスを損なってしまう人が後を絶ちません。今必要なのは、スタッフのメンタルヘルスを支えるための予算です。それも、個人任せの「セルフケア」ではなく、「コミュニティによるケアと愛」のための予算です。まず自分自身が満たされていなければ、空っぽのカップから誰かに注ぐことはできませんから。
多くの人は、女性にお金を任せることにどこか抵抗を感じています。だからこそ私は、資金提供者の皆さんに向けて、単なる「助成」ではなく、信頼に基づく本当のパートナーシップとは何かを、真剣に考えてほしいと訴え続けています。

IT時代のネット攻撃と権力を注視する
谷口真由美理事から、国際的な場で声を上げる女性たちへの攻撃と、SNSについての質問がありました。モフォケンさんは、自身の原点に立ち返りながら答えています。
私が医師や人権活動家として突き動かされてきたのは、南アフリカの路上で軍用車両に石を投げていた、6歳の自分自身を癒すためです。いま、誰かが「あなたのおかげで、こういうことができた」と言ってくれるたびに、力を奪われずにすんだ人が一人増えたと感じます。
ただ、SNS上の攻撃は現実です。最近も、私だけを標的にするために作られたアカウントが400以上見つかりました。だから私は、「SNS投稿は見てください。でも、コメント欄には長居しないでください。そこはまさに地獄です」と伝えています。
私は2年半前、デジタルヘルスとガバナンスに関する報告書の中で、国連とそのリーダーたちに、人権を基盤にしたガバナンスを主導する機会があると指摘していました。けれど、誰も耳を傾けませんでした。皮肉なことに、AIの安全性について国連に助言するはずのチーム自身が、AI生成コンテンツを使っています。
もっと根深いのは、データそのものの話です。南アフリカは、自分たちの遺伝子データを何兆件も提供してきましたが、それを所有していません。ワクチン一つ開発しようとしても、必要なデータを、結局はアメリカにドルを払って買い戻さなければならないのです。
抜け出したと思うたびに、また同じ壁にぶつかる。これは、これまで話してきた資金の構造とも同じ、権力の話です。
だからこそ必要なのは、南から南への協力を進め、権力を分散させていくことです。私たちはジュネーブやニューヨークに許可を求める必要はありません。私たちグローバルサウスは、実際には世界人口の「マジョリティ」なのですから。
私たちのSRHRは、私たち自身の手で
私たちグローバルサウスは、いつまでいわゆるグローバルノースに許可を求め続けるのでしょうか?
モフォケンさんはそう問いかけました。それは彼女が日本への提言として語ったこと、法律を変えるための草案を自分たちで書く、対話の場を自分たちでつくる、という姿勢とも重なります。誰かの許可や基準を待つのではなく、必要なものを自分たちの手で形にしていくことです。
少子化対策として「子どもを増やす」ことに力点が置かれがちな日本でも、本当に必要なのは、外側の基準に合わせることではなく、一人ひとりが自分の身体と人生をどう選び取るかという、もっと根本の問いを、私たち自身の手で立てることだと気づかされます。
制度は簡単には変わりません。それでも声を上げ続ける一人ひとりの存在が、少しずつ変化への道を押し広げていきます。世界人口デーにあわせ、ジョイセフの理事・評議員とモフォケンさんが交わしたこの対話は、そのことをあらためて教えてくれました。
対話に参加したのは、ジョイセフの林陽子理事、國井修評議員、谷口真由美理事、竹信三恵子評議員です。次回以降、それぞれの歩みや専門家としての視点、モフォケンさんとの対話を紹介していきます。
- Author

JOICFP
ジョイセフは、すべての人びとが、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利:SRH/R)をはじめ、自らの健康を享受し、尊厳と平等のもとに自己実現できる世界をめざします
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