
「性教育」という言葉には、どんなイメージがあるでしょうか。
月経や妊娠のしくみ。性感染症の予防。思春期のからだの変化……。学校でそうしたことを習った記憶がある方は多いかもしれません。
でも、こんなことは、どうでしょう。
生理痛がつらくても言い出せない。嫌だと感じても「嫌だ」と言えない。自分らしさや性別について悩んでも、誰にも相談できない。将来、子どもを持つか持たないか、自分で決めていいのかわからない。
その背景には、「自分のからだや性、そして人生について、自分で選んで決めてよい」ということを学ぶ機会が、日本ではまだ十分ではないことがあります。
包括的性教育とは、からだや生殖の知識だけでなく、人との関係や権利、多様性、同意について学びながら、自分の性とからだと人生を、自分で選ぶ力を育むための学びです。
では、「包括的」とあえて呼ぶのは、なぜでしょうか。それは、性にまつわるあらゆることを、まるごと扱うからです。からだのことだけでなく、心のこと、人との関係、社会のあり方まで含めて学ぶのが、包括的性教育です。
目次
性教育は、人生のすべてにかかわる学び
日本で「性教育」というと、どうしても「からだの仕組み」や「妊娠・出産」について学ぶ授業を思い浮かべがちです。もちろん、それらは大切な知識です。しかし、包括的性教育が扱うのは、もっと広いものです。
妊娠や生殖に関する内容は、8つある学びのテーマのうちの最後のひとつにすぎません。その前に学ぶべきこととして、こんなテーマが並んでいます。
自分のからだに、誰がどのように触れるかを決める権利。
「嫌だ」と感じたとき、それを言葉にできる力。
妊娠や避妊について、対等に話し合える関係。
これらは、実はすべて性と人生にかかわることです。包括的性教育は、こうした知識や感覚を、ただ頭に入れるためのものではありません。
自分には権利があることを知り、自分らしさを大切にしながら、考え、対話し、選ぶ力を育むこと。そして、自分も他者も尊重しながら幸せに生きていくための力を身につけること。
それこそが、包括的性教育が目指している学びです。
「包括的」に学ぶことが、ウェルビーイングにつながる
世界共通の指針がある
包括的性教育には、国際的な指針があります。ユネスコ(国連教育科学文化機関)をはじめ、WHO(世界保健機関)、ユニセフ、UNFPA(国連人口基金)など6つの国連機関が共同でまとめた「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(2009年初版、2018年改定)です。
このガイダンスは、包括的性教育を「セクシュアリティの認知的、感情的、身体的、社会的側面についての教育と学習のプロセス」と定義しています。
知ること、感じること、からだのこと、人との関係のこと。性にまつわるあらゆる側面を、まるごと学ぶ教育、ということです。

目的は、私たち一人ひとりのウェルビーイング
包括的性教育が目指すのは、私たち一人ひとりの幸福(ウェルビーイング)です。自分も他者も大切にし、おたがいに尊重できる関係を築くこと、自分の選択が自分と周りの人にどう影響するかを考えられること、そして生涯を通じて権利が守られると知ること。それが目標です。
そのために、この教育が大切にしていることが三つあります。
まず、科学的な正確さ。性やからだについての情報は、根拠のある知識として伝えられます。
次に、人権を土台にすること。「自分には権利がある」という感覚を育てることが、すべての学びの前提です。
そして、ジェンダー平等の視点。性別による役割への思い込みや、力の不均衡が、性にまつわる多くの問題の根っこにあるからです。
国際セクシュアリティ教育ガイダンスが示す、包括的性教育の10の特徴
- 科学的に正確であること
- 徐々に進展すること
- 年齢・成長に即していること
- カリキュラムベースであること
- 包括的であること
- 人権的アプローチに基づいていること
- ジェンダー平等を基盤にしていること
- 文化的関係と状況に適応させること
- 変化をもたらすこと
- 健康的な選択のためのライフスキルを発達させること
出典:UNESCO「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(2018年改定版)

何を、いつから、どのように学ぶのか
8つのテーマを、年齢に応じて繰り返し学ぶ
包括的性教育では、次の8つのテーマを学びます。
- 人間関係
- 価値観、人権、文化、セクシュアリティ
- ジェンダーの理解
- 暴力と安全確保
- 健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル
- 人間のからだと発達
- セクシュアリティと性的行動
- 性と生殖に関する健康
5歳から「スパイラル型」で繰り返し学ぶ
国際ガイダンスでは、5〜8歳、9〜12歳、12〜15歳、15〜18歳以上の4段階に分け、同じテーマを年齢に応じて繰り返し深めていきます。これを「スパイラル型」と呼びます。
学びは5歳から始まります。5〜8歳の段階で扱うのは、たとえば「世界にはいろいろな家族の形がある」「自分のからだは自分のもの。嫌な触われ方をしたら、信頼できる大人に話してよい」といったことです。特定の「性的な話」ではなく、自分と他者への尊重の感覚を、小さなうちから育てていきます。

「寝た子を起こす」のではなく「知ることが守る」
「早く知ると、早熟になる」は本当?
世界各地で行われた研究は、むしろ逆の結果を示しています。包括的性教育を受けた子どもや若者は、性的な行動を始める時期が遅くなったり、リスクの高い行動が減ったり、必要なときに避妊を実践したりする傾向があることがわかっています。*
知らないから、守れない。知ることで、自分を守り、相手も尊重できるようになるのです。
*Comprehensive sexuality education
日本の現状——届いていない知識、阻まれている選択
日本の学校教育では、中学1年生の保健体育において「妊娠の経過は取り扱わない」とする、いわゆる「はどめ規定」が今も存在しています。そのため、日本では、避妊や妊娠について自分で考え、選択するための知識を学校で十分に学ぶ機会が限られています。
また、緊急避妊薬へのアクセスなど、必要な医療や情報にたどり着きにくい状況も続いています。
自分のからだについて知り、自分で決めること。そのための環境が、まだ十分とは言えないことも、包括的性教育が問いかける課題のひとつです。
若者の声が示すもの
ジョイセフが行った調査(性と恋愛 意識調査2025)では、若い世代が性に関する情報を得る場所として、インターネットやSNSが上位を占めました。学校の授業や教科書は、それより下位にとどまっています。また、学校の性教育で不足していると感じるテーマとして、「セックス(性交渉)」「避妊」「性的同意」が多く挙げられました。いずれも、現在の学習指導要領では十分に扱われていないテーマです。
「性について相談できる相手がいない」「検索履歴が残るのが怖くて、知りたいけれど、誰に聞けばいいかわからない」という若者もいました。
ジョイセフの出前講座を受けた高校生や大学生からは、こんな声が届いています。
性教育はしているけれど、生物的な仕組みや考えだけで、実際の避妊方法などを教えられていないことに疑問を持ちました(高校生)
性行為や性的同意について、こんなに詳しく教えてくれる機会が小中高ではなかなかなかったので、すごくためになりました。経験する前に知ることができて本当によかったです(大学生)
知ることは、早熟になることではありません。知るから、自分を守れる。知るから、誰かを傷つけずにいられます。

ジョイセフがこの問題に取り組む理由
ジョイセフは、SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:性と生殖に関する健康と権利)を国内外で推進する団体です。SRHRとは、自分のからだ、性や生殖について、十分な情報を得たうえで自分の望む選択ができ、必要な医療やケアを受けられること。心も体も健やかに、自分らしく生きるための基本的人権です。
包括的性教育は、その実現に欠かせない土台として、ジョイセフが長年取り組んできたテーマのひとつです。
ジョイセフが大切にしているのは、「包括的性教育」という言葉ではなく、その中身です。性とからだ、人との関係、権利や多様性。そうした学びが一人ひとりのウェルビーイングにつながると信じて、できるだけ多くの人と一緒に考えていきたいと思っています。

現場から、国際社会へ
日本の性教育の現状は、国際的な人権機関からも問題視されています。国連の子どもの権利委員会と女性差別撤廃委員会(CEDAW)は、包括的性教育を学校の必修カリキュラムに導入するよう、日本政府に繰り返し勧告してきました。2024年10月にも、女性差別撤廃委員会から改めて勧告が出ています。
ジョイセフは、こうした勧告を待つだけではありません。2024年には国内6つの市民社会団体と連携し、日本のSRHRの課題を国連に報告する「市民社会レポート(シャドウレポート)」をとりまとめ、女性差別撤廃委員会に提出しました。包括的性教育の公教育への導入は、その中で提起した重点課題のひとつです。
草の根から、制度へ
政策や制度を変える働きかけ(アドボカシー)と並行して、包括的性教育を届けるための現場の活動も続けています。
出前講座では、全国の中学・高校・大学などに講師を派遣しています。月経、避妊、性的同意、ジェンダーなど、若者が必要としているテーマを、オリジナル教材を使ったプログラムで届けています。
ピア・アクティビストの育成にも取り組んでいます。ピア・アクティビストとは、SRHRの基本を学び、自分らしい生き方を実践しながら、同世代に知識と権利を伝える若者のこと。同じ目線の対話だからこそ、心に届くことがあります。
自治体との連携も進めています。地域の学校や行政と連携・協力しながら、包括的性教育が一人でも多くの子どもや若者に届く環境をつくることを目指しています。

包括的性教育は、特別なものではありません。
自分のからだを知ること。
自分の気持ちを大切にすること。
大切な人と対話し、互いを尊重すること。
そして、自分らしい人生を自分で選んでいくこと。
それは子どもや若者だけでなく、すべての人が幸せに生きるために必要な学びです。知ることで、選べるようになる。選べることで、自分らしく生きられる。
一人ひとりが、自分の性とからだと人生を、自分で選ぶことのできる社会へ。その社会をつくることをめざして、ジョイセフはこれからも取り組んでいきます。
関連記事
- ジョイセフの出前講座について、もっと知る
- ピア・アクティビストとは
- Author

JOICFP
ジョイセフは、すべての人びとが、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利:SRH/R)をはじめ、自らの健康を享受し、尊厳と平等のもとに自己実現できる世界をめざします
WHOが排除を宣言した子宮頸がん 世界の高罹患率10カ国と日本のデータ
5月28日「女性の健康のためのアクション国際デー」
「人づくり」が、世界を変える