ひとジョイセフと一緒に、世界を変えていく「ひと」

困っている女性の所得改善が、ジェンダー課題の解決につながる。

ジャーナリスト、和光大教授、アジア女性資料センター代表理事

竹信 三恵子

2017.2.15

ジャーナリスト、和光大教授、アジア女性資料センター代表理事。1953 年、東京都港区生まれ。朝日新聞社経済部、シンガポール特派員、編集委員、論説委員などを経て、2011 年より現職。著書に「家事労働ハラスメント」「ルポ 雇用劣化不況」(ともに岩波新書)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ピケティ入門 『21 世紀の資本』の読み方」(金曜日)など。2009 年「貧困ジャーナリズム大賞」受賞。2017 年 7月に「これを知らずに働けますか? 学生と考える、労働問題ソボクな疑問 30」(ちくまプリマー新書 )を新刊。

 


 
日本のジェンダーの課題、特に女性の雇用問題について長く取材し、ジョイセフの評議員も務める和光大学教授の竹信三恵子さんにお話を伺いました。(2017年7月インタビュー)

ジェンダーに関心をもったきっかけは何ですか?

母がシングルマザーだったので、女性が働きながら子育てをする大変さを幼少期から感じていました。

大学卒業時、女性の採用は事務や補助的業務がほとんどでした。朝日新聞社は女性も記者として男性と同じように採用していた珍しい会社でしたが、1976年の入社当時、女性記者はとても少なく、既婚の男性記者は育児や家事を妻に任せ切りでした。

1970年代、女性の雇用の問題は、新人として赴任した地方支局では中心的なニュースとして取り上げられていませんでした。大多数が男性記者の中で、女性をとりまく問題が不可視化されていたのです。

でも、これらの問題を記事にしたところ、共感が寄せられ、これをきっかけに、処遇改善につながった例も相次いで、やりがいを感じました。日本では、男女雇用機会均等法が1986年に施行されました。

採用や昇進で男女の異なる取り扱いは禁止されたものの、深夜業の禁止など女性保護規定がなくなったので、正規雇用の採用は増えても育児などで長時間労働ができない女性は働き続けにくくなりました。また採用時に「業務職(一般職)」と「総合職」に分けられ、女性のほとんどが最初から昇給や昇進が遅い業務職となるコース別採用もこの時始まり、後に性差別人事として訴訟が相次ぐことになります。

働き続けられなくなった女性たちの受け皿として、非正規雇用も急拡大していきました。その低待遇の根底には「女性は『夫の稼ぎに頼れるから賃金は安くて良い」という思い込みがあります。こうして女性から拡大した非正規雇用は、バブル不況から小泉政権の規制改革の時期を経て、男性にも広がりました。ジェンダーの問題を放置すると、社会全体の問題になるのです。

現在は男女平等という望ましい方向に進んでいるのではないでしょうか?

セクハラやマタハラが大きな問題になるなど、男女平等へ向けた法的な整備はそれなりに進んでいますが、女性は本当に働きやすくなったでしょうか。

たとえば、「同一労働同一賃金」は、雇用形態にかかわらない均等待遇を確保するためのものですが、今回の「働き方改革」のガイドライン案を読むと、能力や成果など、上司の主観が入る基準を温存してしまっています。

「女性は劣っている」という主観を入りにくくするためには、たとえば、専門家が職務を点数化し、それを元にした職務評価などの国際基準の仕組みが必要です。

また、多くの人が、労働法のことを知りません。つまり自分の権利を知らず、自分を守る道具を知らないということです。
大学の教員になって、いかに多くの若者が労働法を知らないかを知りました。「会社は慈善事業ではないから長時間労働は仕方ないのでは」「賃金は会社が決めるので社員は口を挟めないのでは」と聞いてくる学生も後を絶ちません。学生が悪いのではなく、教えられたことがないのです。

そこで大学では社会人になる前にこれだけは知ってほしい働くための権利や、その使い方を教えています。

セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツの現状について はどう思いますか?

女性の場合、母親になること、さらに「良い母親」になることを期待される「母親神話」が強まっていることを感じます。

「希望出生率1.8」を政府が掲げるなど、出産への圧力も強まっています。特に若い世代は、避妊を含めた性教育を受けていなかったり、結婚しないことや子どもを産まないことを、レールを外れたと認識させられたりしてしまう。「産まない権利」が悪であるかのような空気を感じます。

あらゆるジェンダーの課題の解決を阻む壁は何だと思いますか?

経済や健康の問題だけでなく、女性は児童婚にあたる16 歳で結婚できてしまうこと、婚姻した男女の同姓規定など、国際社会に批判されながら男女差別が法律上も残っています。

あらゆるジェンダーの問題が残っている理由は、政治的にも、また政治に大きな影響を及ぼす経済的にも、決定権をもつ女性が少ないからです。

ジェンダーギャップ指数(GGI)では、日本は2016 年に144カ国中111 位と世界的にも非常に低いです。男性ばかりの中で、積極的に是正の動きが進まないことは容易に想像できます。

本当に困っている女性は、忙しく、時間もなく、心の余裕もなく、声を出せない状況です。つまり声を上げる女性が増えたように見えても、それは時間と余裕がある人に限られています。

格差が広がる中で声を上げられない人の実態がますます見えにくくなり、声を上げられる人の中には、「なぜ自分のお金を貧しい人に?」「その人が悪いのでは?」と、感じる人が増えていきます。

男性社会は十分転換していませんから、男性を脅かさない女性が重用されやすいということも問題です。このことが「女女(じょじょ ) 格差」「女の敵は女」など、さらに女性を追い込む表現で語られ、真の解決を遠ざけているのです。

ジェンダーの課題解決のために必要なものは何でしょうか?

困っている層の女性の所得が改善することが、多くのジェンダーの課題解決につながると思います。

経済的な改善は、まず気持ちの余裕につながります。家族や夫に経済面で依存しなくてもすめば、モノが言いやすくなります。時間単位の賃金が上がれば時間に余裕ができ行動したり、声を上げたりしやすくなります。

改善の入り口として、パートや非正規の賃金水準を左右している最低賃金の引き上げは有効だと思います。
パート女性の賃上げで、男性も家族のために無理をして働き続ける度合いが減るので、これは男女問わず支持を得やすい。最初は一人でも、仲間をつくって行動すると意外と社会は変わるものです。

その成功体験をできる限り多くの女性に味わってもらう工夫が、物事を変える一歩となるのではないでしょうか。

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