人口問題協議会・明石研究会シリーズ 「多様化する世界の人口問題:新たな切り口を求めて」 2 後編

  • レポート
  • 明石研究会

2011.4.24

5. 日本の財政構造予測

  1. 2011年度の政府予算の概要をみると、税収が40.9兆円、国債発行が44.3兆円、基礎的財政収支-22.7兆円である。
    2011年度末の国と地方を合わせた公的債務残高は891兆円で、これはGDPの1.84倍ということになる。
  2. 福川伸次氏(右)、中央は明石康・人口問題協議会会長、左は阿藤誠・人口問題協議会代表幹事

  3. 2020年の国、地方の財政収支と債務残高(日本経済研究センターの中期予測)をみると、税収は105.1兆円、国・地方の財政収支は-25.2兆円、名目GDPは-5.0%、国・地方の基礎的財政収支は-12.7兆円、と基礎的財政収支を賄う以上に財政の赤字は続いていく。消費税率を5%から2016年に8%、2020年に10%と上げても、なお赤字は解消されない。
    人口構造の変化だけでなく財政政策そのものに問題はあるが、社会保障費は財政負担の一部になっている。
  4. IMFの推定による公的債務のGDPに対する比率では、日本は2014年に234.2%とされている。米国も単年度の状況は悪いが、債務全体の累積では106.7%と、日本よりはましである。ロシア、中国はかなりよい状態と言える。このように経済には人口の動態変化はいろいろな側面で大きく変わってくる。

6. 人口動態変化の政治へのインパクト

  1. 政治上の影響力が高齢者指向になる。93年からの小選挙区制になって、現実的にはポピュリズムに走る傾向にある。
  2. 予算配分の重点が高齢者対象の費目に移る。
  3. 安全保障能力の低下を招く(安全保障経費の予算の圧縮、若者の不足による自衛隊の人員不足)。
  4. 国際貢献への比重が低下する。
    1. 集団的安全保障への貢献の低下
    2. 経済協力予算の更なる縮小
      ODAの対GDP比率は0.19%(過去のピークは1984年0.34%)で、この比率はDAC加盟国22国中21位(最下位は米国)である。

7. 人口動態変化の社会へのインパクト

  1. 介護人材の不足の可能性がある。いまでも労働条件の低い状況は問題である。
    1. 機械化、サ-ビスロボット化でどこまでカバーできるか。介護機関と各家庭での両面の課題がある。
    2. 労働市場の流動化による対応ができるか。
  2. 医療費用の増加、また個人でどこまで負担するかの問題がある。
  3. 教育費用の減少を招く。(公的教育費用のGDP比率0.6%、OECD平均1.2%)
  4. 社会意識が内向き志向になりはしないか。若者の消極性が見られ、日本人海外留学生は2008年に6万6833人(前年比11%減)、4年連続で減少している。
    日本の米国への留学生は1994~95年の4万5276人から、2009~10年の2万4842人と半減している。

8. 日本としての対応策

少子高齢化の政治・社会・経済へのインパクトが大きい。

  1. 問題の深刻さに対する世論を喚起する。
  2. 人口9000万の規模でもドイツ、フランスなどより大きい。人口中規模国として日本のビジョンを確立する必要がある。
  3. 出生率の回復への総合政策が必要となる。
    少子化の原因は晩婚化、非婚化、晩産化と言われているが、その背景に、雇用不安、結婚後の生活不安、仕事と家庭育児の両立への不安、育児や教育費用の負担などがある。こうした原因分析が必要である。
  4. 着実な成長戦略を展開する。
    2010年6月発表した政府の新成長戦略は、個別のミクロ政策としてはよいが全体としてのマクロの政策との整合性があるかどうか疑問がある。2020年までの成長率は実質2.0%、名目3.0%とされるが、新成長戦略が言うように名目が実質を上回るのが可能かどうか議論が必要である。
    また、強みを生かした成長としている環境エネルギー、健康(介護、医療)、フロンティアの開拓(アジア、観光、地域)、技術、雇用、人材は、項目としてはよいが整合的な政策展開になるかなど考えなければならない。
  5. 知的人材の育成、世界の舞台で活躍できるニューエリートの養成、教育の充実が重要となる。英国タイムズ・ハイヤー・エデユケーションの大学ランキングによると、上位250校中日本は12校(東大24位、京大25位、阪大49位など)であるが、もっと多くする必要がある。
  6. 女性と高齢者の労働市場および社会での活躍については、すでに言われている通りである。
    1. 労働力に占める女性の割合は、日本24%、米国56%、カナダ46%、フランス37%、ドイツ33%、インド23%であるが、能力を発揮できる舞台の提供、仕事と出産育児の両立の条件の整備
    2. 高齢者のスキルの活用、機能の伝承
  7. 持続性ある社会保障制度の確立のため、下記のことが挙げられる。
    1. 高福祉―高負担、中福祉―中負担、小福祉―小負担のいずれを選択するか
    2. 世代間格差を是正するため、増税と給付減が不可避
    3. 経済成長の促進が不可欠。社会保障の保険体系の維持には人口増と成長が必須
  8. 技術革新による生産性の向上も課題となる。
    R&D(研究開発部門)のGDPに対する比率(2006年OECD調査、%)は日本の3.39%は優位にあるが、イスラエルやスウェーデン、フィンランドに比べるとまだ低い。イノベーション力の向上や産業構造の改革が不可欠である。
  9. 一定の条件のもとでの外人労働者の移入は必要と思う。例えば英国では、今議論になっており、昨年から選挙の争点になっている。今、外人労働者は10.8%で、年に十数万人入っていたものを数万人に減らし、高度人材に限って確保するように変えていくことが議論されている。

ディスカッションから

  • コメント:国として、バイオテクノロジーやライフサイエンスの研究に若い人が力を入れるようにするべきではないか。医学・医療・医者、半導体、高齢者の問題など関連も広く議論が必至。
  • 多彩な意見を交わす参加者たち

  • コメント:政治的側面の関連であるが、小選挙区制導入以来、高齢者問題が特に注目されたのではないか。
  • 福川:現象としてはその側面があるが、小選挙区制がポピュリズムに走る傾向は、本来の姿ではない。例えば高齢者が貯蓄を使いやすくするなど柔軟な政策の対応が必要だろう。
  • 福川:議論をする時は、全体でどう関連付けて考えるかという視点が必要。移民労働者受け入れについても議論はまだ煮詰まっていないし、欧米の経験を参考にする、日本文化への理解度、日本語の能力などの要件をどうするかなど、議論の初期段階である。
    日本の経済成長については、日本の物づくりの伝統や、日本人が求める価値を充足していく産業構造にすることを考えるべき。地球なり人間なりが求める価値を探り、それを供給していく産業群を作っていくようにすべきだと思っている。その価値とは、平和であり、成長であり、精神的な充足であり、文化である。それらを中心に据えて産業を考えていくには、人々の精神的な満足度を分析し、さらに文化、健康、医療などの分野を組み立て直す議論をしていく必要があるだろう。
  • コメント:人はいつまで生きるかに関連して、タブーかもしれないが長生きが幸せかということも含めて、あえて価値観の問題を追究することが迫られている時期にきているとも思う。「安楽死、尊厳ある生き方を貫く、あるいは尊厳ある死」についての議論も必要かもしれない。
  • コメント:少子・高齢社会の問題は2-3割が経済成長の問題で、6割はジェンダーの問題だと思う。
    ある外国人が少子高齢化対策は「牛歩戦術」だといって言ったが、みんな正しいことを言っているのに、だれも言うことを聞かず真剣に考えていない。ここに至って少子化の大部分は、女性たちの生きにくさ、産みにくさに対する無言のストライキと思う。
  • コメント:この5年ほどの大きな変化として、エンドユーザーが女性である化粧品や百貨店から、エンドユーザーの一部に女性が混じっている金融・銀行・証券・生保・損保の業界まで、女性の顔が見えるようになってきた。グローバルな企業で女性を活用していなければやっていけなくなってきたのが理由だ。これは大企業の例ではあるが、競争率がグローバル化しているところから変わっていっている。
  • コメント:歴史上、人口が減った社会で栄えた国は本当にないのか?先進国を筆頭に人口が増えてよいのか。
  • コメント:外国人労働力を入れることと、失業率が高い日本の新卒の若い人の雇用の安定を図ることの矛盾についてきめ細かな議論が必要である。
  • コメント:小選挙区制のなかで、高齢者の意見が反映される一面はあるが、選挙に出たくても年齢制限を受ける政党が3つもあるなど高齢者が政策決定の場から排除されている面もある。

以上の講義と討論を受けて、明石康会長は、次のように締めくくった。

福川さんらしい緻密な分析に基づいて、包括的な提言をまとめていただき、研究会の基本的な枠組みとして、大変有意義な講義だった。

まとめの発言をする明石会長

日本の少子化、それに起因する競争力の低下という「スパイラル」に入って抜け道がないのかという悲観論もあるなかで、東日本大震災と原発事故に遭った日本人が、本来持っている静かな威厳をもった態度に見られる美学に外国人が感動している。日本は必ずや世界の指導的な国になるだろうと期待は持っている。

最近、シンガポールのある人から「日本人は自意識過剰ではないか」という指摘を聞いたが、反論の余地がなかった。それでも、グローバルな企業のなかでの変化が感じられるようになっている。

投資が高齢者に偏っている面があり、教育など若年層に配慮するために舵を切り替えるような、優先度をつけた一連の方策が必要である。

コーディネーターを務める阿藤代表幹事

最後に福川氏が、「日本人と日本社会の持つ力を信じているので、今は苦しい状況にはあるが最後は乗り越えていけると楽観的に考えている。それには、世論を高め、問題の認識を深めていくことが大事だと思っているので、今後も議論を深めていきたい」と結び、研究会を終えた。

©人口問題協議会明石研究会
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