人口問題協議会・明石研究会シリーズ  「多様化する世界の人口問題:新たな切り口を求めて」 4 後編

  • レポート
  • 明石研究会

2011.8.12

4.少子化時代の家族変容-政策提言に向けて-

阿藤 誠
日本では、少子化対策とか家族政策、子育て支援などいろいろな言葉が使われているが、政策を概観してみる。

  1. 日本の家族政策
  1. 「1.57ショック」(1990年)以来2009年秋までの自民党政権の家族政策
    1. 家族政策から少子化対策へ
    2. 政策の二本柱
      1. 「仕事と子育ての両立支援」(育児休業制度・保育サービスの拡充)
      2. 「子育ての経済的支援」(児童手当の拡充)
      3. *ワーク・ライフ・バランス憲章

  2. 2009年秋以降(民主党政権)の家族政策
    1. 少子化対策から家族政策へ
    2. 「子育ての経済支援」強化(子ども手当の創設)
    3. 「仕事と子育ての両立支援」の強化(幼保一元化)
  3. 政策効果は?
    1. 出生率の低下・低迷/最近4年間の上昇傾向
    2. 仕事と子育ての両立は進んだか?

    以上のように、少子化対策の効果があったかどうかの議論は、2005年くらいまで出生率が下がり続けたことから言えば効果はなかったのだろうが、最近になってやっと効果が出てきたと言えなくもない。

日本の家族政策(少子化対策)の推移


  • 1990.6.
  • 「1.57ショック」
  • 1990.8.
  • 「健やかに子供を生み育てる環境作りに関する関係省庁連絡会議」設置
  • 1991.5.
  • 育児休業法成立
  • 1992.11.
  • 経済企画庁『国民生活白書:少子社会の到来、その影響と対応』
  • 1994.12.
  • エンゼルプラン・「緊急保育対策等5ヵ年事業」(平成7~11年)
  • 1995.4.
  • 育児休業中の所得補償(25%)と社会保険料1年間免除
  • 1997.10.
  • 人口問題審議会・少子化報告書発表
  • 1998.6.
  • 厚生省『平成10年版厚生白書-少子社会を考える』
  • 1999.5.
  • 「少子化対策推進関係閣僚会議」設置
  • 1999.6.
  • 男女共同参画社会基本法成立
  • 1999.12.
  • 「少子化対策推進基本方針」。新エンゼルプラン(平成12~16年)
  • 2000.6.
  • 児童手当法の改正(3歳未満から義務教育就学前までの児童に)
  • 2001.1.
  • 育児休業中の所得補償引き上げ(40%)
  • 2001.7.
  • 「仕事と子育ての両立支援策」(待機児童ゼロ作戦)閣議決定
  • 2003.7.
  • 「少子化社会対策基本法」成立。「次世代育成支援対策推進法」成立
  • 2004.6.
  • 少子化社会対策大綱の策定。児童手当法の改正(小学3年生までの児童に拡大)
    育児休業制度の改正(やむを得ざるときは子どもの生後1年半まで取得可能。所得補償50%。社会保険料免除3年間。子どもの看護休暇(年5日間))
  • 2004.12.
  • (第1回)『少子化社会白書』発表。
    子ども・子育て応援プラン(平成17~21年)
  • 2005.4.
  • 次世代育成支援対策推進法に基づく自治体、企業等の行動計画の策定・実施
  • 2006.6.
  • 「新しい少子化対策」児童手当法の改正(小学6年生までの児童に拡大)
  • 2007.4.
  • 児童手当の3歳未満児加算。
  • 2007.12.
  • 「子どもと家族を応援する日本」重点戦略
  • 2008.11.
  • 社会保障国民会議最終報告
  • 2009.6.
  • ゼロから考える少子化対策プロジェクトチーム[提言]
  • 2009.9.
  • 民主党新政権誕生:子ども手当て(義務教育の終了まで子ども一人につき月2万6千円の支給)・高校教育無償化など公約
  • 2010.6.
  • 『子ども・子育て白書』



  1. 研究結果の政策的含意
    1. 「仕事と子育ての両立支援」の重要性
    1. 共働き夫婦の子ども数は、もっぱら妻の時間的余裕(労働時間、雇用形態、祖父母の存在)によって決まる(第5章)。
    2. 日本の女性は仕事と子育ての両立の難しさを強く感じており、他の超少子化国と比べても、子どもが増えることで(男性ほどには)「心の安らぎ」が得られない(第8章)。
    3. 高学歴女性ほど未婚率が高いという事実(第1章)からは、比較的高い経済的地位を持つ女性にとっても、仕事と家族形成の両立を助ける政策が必要であることが示唆されている。
    1. 日本の男性の長時間労働の問題性
    1. 男性の長時間労働は慣習化し、”ワーク・ライフ・アンバランス”が固定化しているため、夫の労働時間の長短は妻の出生意欲にも夫婦の出生児数の決定にも影響を及ぼさない。(第5章・第7章)
    2. *長時間労働の問題は女性のライフコース選択にも大きな影響を及ぼしていることは明らかで、男性と伍して仕事を続けるためには、ワーク・ライフ・アンバランスを覚悟せざるをえず、そのことが女性の未婚化を促進している可能性が大きい。

    3. 日本の若者は超少子化国のなかでも特に、男女ともに、子どもをもつことが仕事にとって負担になると感じる傾向がある(第8章)。
    4. *日本社会が政策的に働き方の変革を促すことができるかが、ワーク・ライフ・バランスを達成し、少子化の流れを変えるための重要な鍵であろう。

    1. 若者の非正規労働化の是正策必要
      *派遣労働、有期契約労働、パートなどの非正規労働が働き方の柔軟性を促す面があることは確かであるが、1990年代以後に進んだ若者の非正規労働化は企業側に有利に働き、賃金水準の低下と雇用の不安定化をもたらした。

    1. 学卒後に非正規労働に就くとその後も非正規を継続し低所得に甘んじる傾向があり、しかもそれが未婚化につながっている(第1章)。
    2. 非正規労働・無職の若者は離家年齢が遅れる傾向があり、それがまた結婚を遅らせる傾向がある(第2章・第3章)。
    3. *若者の幸せという観点からも少子化対策という観点からも、雇用の在り方を大きく見直す必要のあることを示唆。

    1. 「子育ての経済支援」の意義
      *先進諸国においては子育ての経済的負担の軽減策は家族政策の重要な柱となっているが、日本では政策的にその意義を理論化しようとする努力が少ない。それは、子育てに対する直接的経済支援がジェンダー論的観点からみると専業主婦型家族への支援の色彩が強いとみられることと、世帯の所得水準などの経済要因と出生率の関連を実証するデータが乏しいこととも関係する。

    1. 個々の経済要因と夫婦の追加出生とは関係がない。しかしながら、様々な経済的要因によって決まる子育ての経済的負担感そのものは追加出生に関係がある(第6章)。これは、子ども数の決定にある種の相対所得感が働いている可能性を示唆する。
    2. *従来の児童手当の水準をはるかに上回る(民主党の)「子ども手当」(中学校卒業前のすべての子どもに対して月額2万6千円)の意義

    1. 夫の家事分担と少子化
      *日本ではジェンダー政策と少子化対策を結びつけることを嫌う傾向がある。しかし労働市場における男女平等の進行と家族内における男女の不平等関係の不一致こそが超少子化の原因と見るマクドナルドの説(McDonald, 2000)に立てば、家庭内の男女の役割分担を無視することはできない。

    1. 夫の労働時間は夫の家庭内役割を変化させないが、夫の家事分担は妻の出生意欲にプラスの影響を与えている(第7章)。

5. コメント・質疑から

明石 康

お三人の内容の豊かな発表を少し咀嚼する必要があるのではないかと思う。津谷先生の発表の結論的な部分について、長期的かつ根本的な解決の対応として、「若者(特に女性)に仕事と結婚・出産の二者択一を迫ることをやめ、仕事と家庭の両立への障害を取り除くことを少子化対策の柱とすべき」とあるが、これはよく分かるし、全くそうだと思う。そして、「近年のわが国の少子化対策として、子育ての直接的支援の枠を超えて、ワーク・ライフ・バランスの実現を視野に入れている。この政策的方向性は正しいことが示唆される」ということも、阿藤先生の最後の言葉に合致すると思う。

ワーク・ライフ・バランスの言葉の意味に、おそらく家庭内の夫と妻との仕事の分担という意味も入ってくるのは分かるが、そのワーク・ライフ・バランスという言葉自体に少し抵抗がある。日本の多くの男性がそうだろうが、仕事をライフワークと考えている人が多い。そこでこの第1、第2の結論に首を傾げること自体、日本の男性の苦しさがあるのだろうかということについてお尋ねしたい。

それから、福田さんのお話で、やはり客観的な経済的な負担が重要な要素であるけれども、主観的な、一種の人生観、子どもを生んで、子どもと暮らすことに、経済的な負担があってもそのことに喜びを感じること、そういうことが、少子化とともに少なくなってきていると思うので、逆サイクルがまた動き出すと、かなりまた弾みがついてくるのではと思う。この主観的な要素と客観的な要素がどういう結びつきがあるのかをお聞きしたい。

さらには子育てを、ややこしいと思う、そのコストも大変かかると考える、その背景には、親が子育てに干渉しすぎ、負担を感じすぎるという意識が背後としてあるのではないかと。アメリカだと、かなり裕福な中産階級であっても、大学学費は親が子どもに貸与してあげるので、親が子どもの高等教育に負担を感じることはない。また、日本の最近の若者が、物分かりはいいけど、ひ弱な感じを与えるのは、やっぱり親の過保護があるのではないかと思う。そういう過保護から脱するために、子どもをほっぽりだしたらどうかとも思うし、割と女の子が男の子よりもたくましくみえるのは、おそらく母親が、男の子の面倒を見すぎることの反映であるかもしれない。

津谷 典子
ワーク・ライフ・バランスは、英語で定義すると、ワークはライフの一部であり、強いて言うならばワークとファミリーライフのバランス、つまり仕事と家庭生活のバランスということだろうと思う。
こう言うと、ワーク・ライフ・バランスは家庭内ジェンダー関係、つまり男女間の家庭内役割分担の平等化のようにも思う。いずれにしても私が思うのは、家庭生活、特にカップルが子どもを生んで育てるという生活を考えたとき、どうしてもジェンダー間のバランスが必要だということである。ここで示したかったのは、ライフコースのある時期、例えば、一番下の子どもが3歳未満の時期には、子どものお母さんの就業率は非常に低い。ただ、その非常に低い就業割合の下で働いている母親をみると、その多くがフルタイムで就業している。おそらく小さな子どもを持って働くお母さんの多くが正規雇用であるがゆえに仕事を続けるのだろうと思う。その後、子どもが小学校に入ると母親の就業率は増えるが、パートタイム就業が多い。さらに、18歳未満の子どもが誰もいなくなると今度はフルタイム就業が多くなる。長期的に見ると、子どもが2~3人いる場合には、母親は一時的に労働市場から撤退する確率が高く、その後再び正社員として働こうとした場合に、不利益をこうむるのではないか。

そして、男性にとっても、子どもを育てることで、家庭に関わることは幸せなことではないか。さらに時間の経過の中で、つまりワーク・ライフ・バランスをコーホートの視点から見たときに、ワークとライフのバランスをとるような働き方ができることが望ましい。しかし、企業に非正規雇用の人を、正規雇用で雇えと強制するのは不可能。企業は利潤を追求することが第一義的な目標であり、マーケットがグローバルになっている中で、社員のワーク・ライフ・バランスを考慮する余裕はあまりないのではないか。それらの企業がある日突然ジェンダーバランスの重要性に目覚め、ワーク・ライフ・バランスと男女共同参画の促進に取り組むことを期待してもおそらく無理だ。

ただ、わが国の超少子化・超高齢化は進行しており、今後は人口減少が加速してくる。こうなったときに、企業は国外に出て行って、そこで生産をして、人を雇っていくことができるが、日本人がみんな国外に出て行くわけにはいかない。だから、日々の生活でのワーク・アンド・ファミリーライフ・バランス、特に女性のライフコースから見た仕事と結婚・子育てのバランスを考えると、やはり政策的な対応が重要になってくる。例えば、女性の再雇用、それもマージナルな労働力ではなく正規雇用での再雇用に対して法人税を軽減することも一案だ。わが国の女性は近年非常に高学歴化しており、小さな子どもをもつ専業主婦の女性の就業意欲も大変高い。女性たちの高い就業意欲や高い労働力の質を十分に活用することを考えることが、日本のためになると思う。

そして働けば当然所得を得ることになる。所得があればより活発に消費する、そして活発な消費は経済を刺激する。当然、相当な所得があれば所得税も払う。そして、現在はパートタイムで年収113万円以内の人も、フルタイムで働いてより高い所得を得て、税金を払ってもらう。そしてその間、子どもや家庭生活を犠牲にしなくてもいいように、政策的に対応していくことが健全かつ有能な次世代を育成していくことに通じる。そう考えると、ワーク・ライフ・バランスの促進は費用対効果も高いのではないか。例えば、0歳児を保育所で預かるのに、東京ではおよそ月50万円かかるという推計を聞いたことがあるが、それは決して高くない。子どもが0歳である期間は12ヵ月であり、どんなに高くても0歳児の保育料は年間50万円の12カ月分、つまり600万円が上限である。それだけの支援で、有能でバリバリ働けるお母さんと、健康で健全な子どもの育成が可能になるのなら、そしてそれはお父さんにとっても望ましいことであり、日本社会にとって非常に良いことであると思う。

そのためにも、ワークとライフの関係、つまり働き方と家庭生活との関連を皆さんに知ってもらい、女性が結婚と子育てのためにたとえ一時的に仕事をやめても、将来自分が望むなら再び働くことができると女性に思わせることが、少子化社会にとって重要になってきていると思う。

福田 亘孝
明石先生から質問を2ついただいた。まず最初の質問として子どもを生み育てることに昔ほど喜びがなくなったと。それはおっしゃるとおりではないか思う。その話に関連して思い出したのが、ウィーン大学のある人口学者が「ウィーンでは毎年1年間に生まれてくる子どもの3倍の数の犬が、ペットとして飼われている」という面白い話である。今の時代、なぜ子どもを持たないのか。ペットはいやになったら捨てられる。子どもは、いったん持つと育て上げるまでものすごく親のコミットメントが高い。だから、子どもよりペットの犬を飼うほうが断然楽じゃないか?

ただ、実際にはどうかといえば、統計数理研究所が『日本人の国民性』の調査を1950年ごろからやっている。この中で「あなたが一番大事に思うものは何か」という質問に、「家族」を挙げる人が年々増えていて、2007年の調査では約5割の人が「家族」と答えている。一方、お金や名誉が一番大事という回答は下がっている。この3月の震災を見ても分かるとおり、皆さん非常に危機的な状況になると、家族が重要だとよく認識したと思う。だとすると、親や子どもは依然として人々にとっては重要なものでありつづけている気もする。

2番目の主観的な話は非常にむずかしい質問なので、なかなか答えるのが難しい。基本的に、人が、どう行動するか、どんな行為を選択するかは、客観的な条件に影響されると思う。だから、一生懸命、社会制度を整備してやるのはいいと思う。だが、その整備と同時に一人ひとりの主観的満足感や幸福感−経済学は「効用」という言葉を使うが−の構造が変わってこないと、人々の行為のパターンは変化しないだろうと思う。

日本の家族政策はいろいろ客観的な条件をそろえて、子どもを持つ経済的なコストを下げることを一生懸命やっている。つまり、経済的な支援と言えば、いろいろな手当を給付して子どもを育てるのにかかる費用を下げるなど、客観的な出生促進はやっているわけだ。しかし、制度はかなり整ってきていても、依然として人々は子どもをもっと生もうという選択はしない。おそらく、これは子どもを生み育てることに対する主観的な意識が変化していないために、客観的な条件整備を行っても政策効果が期待どおりに現れてこないのだと思う。ここが問題であって、そこをどうするかというのが答えになると思う。

例えば、育児休業制度があってもとりにくいという職場の雰囲気があるので、育児休業の取得率が日本では非常に低いと言われている。制度はあるけれども、それをとることが自分の人生にとってマイナスであるという主観的な意識があるために、実際に育児休業を選択する人は少ない。つまり、客観的な条件を整えるのと同時に、個人の自由な行為選択を保障、促進するような、あるいは、そういう選択をすることが自分にとってマイナスにならないと実感できるような社会を作ることを考えなければいけない。

質問
津谷さんのお話では、女性の学歴と未婚率は比例するということだが、かつて橋本龍太郎さんが首相のとき、そういう話をして新聞で批判されたことを思い出す。女性の学歴と未婚率の関係について、もう一度その因果関係を正確にお聞きしたい。

津谷 典子
女性の高学歴化(特に4年制大学を出ること)が結婚のタイミングの遅れに影響し、おそらく最終的に生涯未婚率を押し上げている最大の要因だろうと思う。前述のように、その理由のひとつは高学歴は正規雇用につく確率を高めることで、正規雇用であれば就労時間も長い。そして正規雇用であれば、就業のスケジュールも厳しい。さらに正規雇用についている女性は、「ワーク・イズ・ライフ」であり傾向が強く、キャリア志向の強い男性に伍してがんばることも期待される。

また、高学歴の女性はプロフェッショナルな職につきたいというディマンド(希望)も大きく、1日24時間という限られた時間の中でがんばる。昔は、結婚は女性にとって社会的かつ経済的必然であり、30歳過ぎても未婚である割合は低かったが、今では結婚は個人の選択の対象であり、長時間就業のため時間が十分にないとなるとパートナーを探すのが難しくなってきているということがあると思う。

未婚化のもうひとつの理由には、女性の高学歴化と雇用労働力化にともなう結婚と子育ての機会コストの上昇がある。「結婚して、出産して、子育てをする」ことについては、学歴が高い人ほど経済学でいう「機会コスト」が高くなる。中学校を出て、花嫁修業をして結婚を待っている女性に比べて、高学歴で高い所得を得て働いている女性が、結婚して出産・育児をするために仕事をやめることによって失うであろう代価ははるかに高い。しかし、結婚と子育ての機会コストをゼロにしたいと女性が望んでいるかというと、そんなことはないと思う。



わが国の若い未婚男女にとって、大学を出て正規雇用の職に就き、それなりの所得を得て、自分で稼いだお金を自分で使うことの魅力は大きいのではないか。未婚女性(そして未婚男性)の可処分所得は高く、独身時代に自由な消費の味を覚えたころに、結婚することによって高い可処分所得を失うことでディスエンパワーされると未婚者が考えるであろうことは容易に想像がつく。

さらに、単に所得の問題だけでなく、特に女性は、結婚することによりさらに多くを失うことになると考えるのではないか。今までは母親にしてもらっていた家事が、結婚したらおそらくほとんど自分がやらなければならない。そして、おそらく夫の家事・育児への協力は、平均的にはあまり望めない。そうすると、結婚したら生活の自由は失われると考えてしまうのではないか。

ただ、わが国の未婚の若者男女が結婚したくないかというとそんなことなく、様々な調査の結果をみても、一生結婚したくないという未婚者はほんの数%しかいない。では、どうして結婚しないのかを考えてみると、特に女性にとって、結婚・出産をめぐる実際の機会コストよりも女性が感じる機会コストが大きい。つまり、自分の現在の生活と、結婚後の生活を想像して比べた時に感じられるギャップは、昔よりも大きくなっているのではないか。

女性は結婚することによって、生活が一変する。男性も結婚することで自由を失うことはあるだろうが、それは女性の比ではない。さらに、現実の機会コストと女性が感じる機会コストの差は高学歴の女性で最も大きいと言える。4年制の大学を出て、正規雇用の職につき、それをずっと続けていかなければ、キャリアは築けないと考えると、どうしても結婚して子どもをもつことに対して消極的になるのではないか。その意味で、高学歴が未婚化を押し上げている最大の要因であると考えることができると思う。

コメント
2年9カ月間デンマークにいた経験のなかで驚いたことが2つあった。ひとつは定時退社、もうひとつは、男女とも家事・育児を一緒にすることで家庭生活がうまく回っていること。これらを、日本は少しでも参考にできるのではないか。定時退社については、仕事への考え方が違うこともあるだろうし、人口540万人という小規模の国で、会社や行政組織の仕組みが簡素で、少数でものを動かしていることも挙げられるだろう。日本では複雑な組織体制の中でひとつのことに多くの人が関わり過ぎという気がする。発想を変えて、全員が定時退社しなくても、育児過程にある若い男女を会社として定時に帰すような仕組みを作ることが壁を少し低くするのではないか。

質問
ワーク・ライフ・バランスが維持できれば単純に子どもを生むわけではなく、どの要素が加わるかによって生殖意欲が高まるかなどについて、社会・生物学的分析手法が必要になるだろう。本の第7章に夫の家事参加と妻の出生意欲について考察されているが、全般的な意味での若者たちの生殖意欲の低下も原因のひとつかもしれない。このような分析はどの程度行われているか。

家族観、幸福感は生き方の価値に結び付くが、かつてわが国にあったような家族と結び付いた幸福感は変えなければいけないのか。多様性を認めることが民主社会では盛んに言われるが、ある一定の家族観が社会で共有されていないと、それを通じた幸福感が生まれず、子どもを増やして楽しもうという気持ちにならないだろう。それをどう作っていけばよいか。

阿藤 誠
前者については、日本大学の調査で男性の精子減少、性交回数の減少などについての研究が行われている。

津谷 典子
これについて、3つの点を指摘したい。まずどうしたら子どもの数が増えるかについていうと、先進諸国の中でTFRが1.5を長期間割り込んだ国でその後TFRが1.5以上に長期的に回復した国は今までのところない。アメリカのTFRは置換水準まで回復しており、北欧や西欧のいくつかの国でも出生率ははっきりと回復傾向にある。その理由には政策的支援や価値観の変化などいろいろあると思う。ただ、ひとつ言えることは、出生率が回復してきている国々では、「TFRがどれくらい高い(もしくは低い)」というマクロ的な考え方が希薄であるということである。

むしろ、個々の女性や子どもたちのウェルフェアやウェルビーイングを考え、国民が求める社会サービスを提供していくという政府の姿勢が明確である。これらの国々でも子どもが減ると労働力が減って困るという議論はあるが、わが国をはじめとするアジア諸国でみられる「マクロの問題へのオブセッション」は感じられない。未婚化も少子化もマクロの問題であり、出生率や未婚率に囚われすぎないようにすることが必要ではないか。

ただ、20代から40代の有配偶女性に希望子ども数を尋ねると、子どもが2人いる女性の半分くらいがもう1人欲しいと答えている。したがって、全面的な出生促進政策を推し進めるのではなく、生みたいけれど出産・子育てにかかるコストが大きいために生めないでいる女性やカップルのために、希望を実現できるように政策が支えていくことが適切かつ必要であると思う。

最後に付け加えると、生殖の社会・生物学的分析をするにあたっての最大のネックはお金かかることではないか。このような研究には、実証分析のために多くの被験者が必要となり、また医療関係・生物学関係の研究者を含む多くの研究者の手間と時間が、長期間の調査を実施するために必要である。さらに、家族をめぐる価値観を変え、多世代同居が一般的であった「古き良き」時代の価値観を推進することに関していうと、これはよしあしの問題ではなく、むしろ好むと好まざるとに関係なく、家族の結婚をめぐる意識が変わっている現実の中で、どう対応するかを考えるのが適切ではないか。

阿藤 誠
少子化というマクロ現象を、個票データの分析に基づいて、「家族」というミクロの側面から考察してきたが、マクロかミクロかという区別は相対的なものというのが現実だろう。政策的には、マクロの少子化現象を見つめつつ、ミクロの若者、女性のニーズに叶う施策を推進するということなのではないか。

もう一点指摘しておきたい。家族観とか組織の仕事のあり方、日本人の働き方(勤労観)などは、日本の歴史のなかで作られてきたので、個別のワーク・ライフ・バランス施策、両立施策などの手を打てばすぐに何とかなるというものではない感じがする。逆に言うと、両立施策を進めようにも、今までの価値観や制度のもとではなかなか進まないという面がある。

パス・ディペンデンシー(経路依存性)という歴史学の言葉があるが、「昔こうだったから今がある、今があるから先がある」というように、歴史の流れ、制度の流れは急な舵の切り替えが難しい。しかし社会は大きく動き、ジェンダーに対する考え方も変わってきているのも確かで、このような状況の下で、日本社会はどのような道を進んでいくべきか、難しい選択を迫られている。

研究会でもこれから討論を深めて、単なる少子化対策という枠を超えて、提言をまとめることを目指していきたいと思っている。


©人口問題協議会明石研究会
本稿の転載・引用につきましては、事前に明石研究会事務局宛てご一報くださいますようお願いいたします。
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(送付先:info2@joicfp.or.jp



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