2012.2.16 人口問題協議会・明石研究会シリーズ 「多様化する世界の人口問題:新たな切り口を求めて」 6

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2012.3.13

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■テーマ:東アジアの低出生力問題
■発表者:鈴木 透(国立社会保障・人口問題研究所人口構造研究部長)
■進行役:阿藤 誠(早稲田大学人間科学学術院特任教授)

世界人口が昨年10月に70億人に達した今、世界の人口問題はますます多様性をもつ時代になりました。すでに東アジアの多くが少子化・高齢化の時代に入っています。
そこで、2012年2月16日の第6回明石研究会では、国立社会保障・人口問題研究所の鈴木透・人口構造研究部長を招いて、東アジアの低出生力問題を取り上げ、先進諸国との比較も交えて各国の取り組みについて報告していただきました。

以下は概要です。

出生率低下は東アジアに限らずほとんどの先進国でも見られるが、日本では1970年代から置換水準を下回っている。置換水準は、合計出生率(合計特殊出生率・TFR、1人の女性が生涯に産む平均子ども数)が2.1前後で、人口の増減がない水準をさす。最近では低出生率の先進国が2つのグループに分かれる傾向を示している。米国、フランス、スカンジナビア諸国のように、1.5を大きく上回るグループと、もうひとつはドイツ語圏、南欧、東欧、旧ソ連圏などTFRが 1.5以下のグループがある。

先進国の合計出生率

オランダの人口学者ヴァン・デ・カーによると、20世紀初めの「第1次人口転換」は、「子どもは王様」という家族主義的な価値観によってもたらされたものだった。これに対して1970年代には、「親は王様」という個人主義的な考え方が広まったことが「第2次人口転換」を引き起こしたとされた。

70年代に避妊革命が始まり、婚前・婚外性交渉が増加、離婚率が上がるというように、個人主義化を示す家族変動が目立つようになった。出生率低下は、こうした個人主義化症候群の中の症状のひとつとみなされた。

これが完全にひっくり返ったのが、1990年代の「lowest low Fertility(超低出生率、TFR 1.3以下)」の出現と言われる現象で、保守的で家族主義的な考えが濃い国でむしろ出生率が低くなった。このようなことが起こることは人口学者のだれも予想していなかった。

韓国は2005年のTFRが1.08だったが、これは欧米ではほとんど観察されたことがない水準である。台湾は2010年に0.895を記録した。香港、シンガポールのような都市国家や国の一部で1.0を下回ることはあっても、台湾のように農村部を含む全体で1.0にならないのは史上初めてであろう。

OECDのデータにより、欧米先進国に加えアジアNIEs(新興工業経済地域)の合計出生率を示したのが次の図である。日本はオーストリア、ドイツとほぼ同じ水準だが、韓国・台湾、シンガポールは日本より低い。

先進国・アジアNIEsの合計出生率

次の表では、東アジア、東欧・旧ソ連圏、南欧、ドイツ語圏、北西欧・英語圏の国々の合計出生率を高いほうから順番に示した。

2009年の合計出生率

出生率が低下すると人口高齢化が起こるが、これについては「人口の中央年齢」の指標から比較できる。2010年で一番高齢化が進んでいるのは日本(44.7歳)である。2050年には台湾が一番高く、上位10位のうち6カ国/地域を東アジア勢が占めると予想されている。

人口の中央年齢 (UN, World Population Prospects 2010)

70年代以降の先進国における置換水準以下への出生力低下の要因としては、①新経済と若年労働市場の悪化、②子の直接費用の上昇、③女性の労働力参加と機会費用が挙げられる。

家族パターンと出生力低下の関連については、①親子紐帯の強さ(離家のタイミング、母親の育児役割、教育費等の負担者)、②ジェンダー関係(伝統的性役割、夫の家事・育児参加、家族親和的な職場環境、両立可能性など)、③結婚と出産の結合(同棲・婚外出生の普及など)などがある。

日本の出生力低下の水準は、南欧やドイツ語圏と似ており、英語圏(米国、カナダ、オーストラリア)を含む北西欧的家族パターンに比べ、上で述べた社会経済的変化への耐性が低いと見られる。韓国や台湾など儒教的家族パターンは、北西欧型からの距離がさらに遠く、したがって耐性がさらに低いのだろう。
近代化直前のヨーロッパは封建社会であり、法治主義、契約観念の徹底、権利義務関係の明確化、縁者びいきの排除といった特徴を持つ。南欧・東欧や日本も封建制だったが、北西欧に比べればより家父長的で権威主義的な性格が加味されていた。儒教圏はさらに家父長的・権威主義的であり、封建的な特徴を欠いていたと考えられる。

儒教圏と日本の違いは、出生性比(女児100に対する男児の数)にはっきり表れた。80年代から胎児の性別判定ができるようになると、韓国と台湾では出生性比が異常に高い値を示すようになった。日本ではこのような出生性比の異常な上昇は見られなかった。

女子の労働力率(2005年)を日本、韓国、台湾で比較すると、日本と韓国はM字型を示している。これに対し台湾では、M字型のパターンはすでに消滅している。この場合は日本対儒教圏の対立ではなく、日韓と台湾の間に違いがある。

ジェンダー平等と出生力の間には強い正相関が見られる。GEM(Gender Empowerment Measure)は、国会議員に占める女性割合や専門技術職に占める女性割合などから測る指標であり、現在はGII(Gender Inequality Index)に取って代わられた。これを見ると日本と韓国は出生力もGEMも低いが、同じ低出生力でも台湾は北西欧・英語圏の国の水準にかなり近い。しかしドイツ語圏や台湾では、高いジェンダー平等は出生率の高さに結びついていない。

婚外出生割合と出生力についての関連をみると、かつてはかなり強い正相関があった。しかし最近では婚外出生が増えても出生力は上がらない国が増え、相関は弱まった。いずれにせよ東アジアでは婚外出生割合は5%未満にとどまり、欧米ときわだった対照を見せている。

ここまでは、低出生率について人口学的側面から分析して述べたが、次に家族政策について考えてみる。

一番先に出生促進策を採択したのはシンガポール(1987年)で、75年に置換水準に到達してから12年後である。当時のリー・クワンユー首相が、高学歴女性の出生促進を打ち出した。日本は1973年に置換水準に到達してから17年後の採択であった。韓国は同1984年、2004年、台湾は同1984年、2006年である。人口密度が高い韓国・台湾は、かつては強力な出生抑制策を実施していたこともあり、出生促進への転換に時間がかかった。

出生促進策については次の表に示す。日本では、1994年のエンゼルプラン以後、2010年からの子ども・子育てビジョンへと、ワーク・ライフ・バランス等を盛り込んだ対策を進めてきた。

各国の出生促進策

2011年の日本の出生促進策は次の表のとおりであるが、子育ての経済支援、子ども手当のほか、ニートやフリーターの対策も視野に入れたものになっている。

子ども子育てビジョン(日本,2011年1月)

韓国、台湾、シンガポールの政策については、以下の表に示す。
韓国では、産前産後休暇、時間短縮、経済支援保育サービスなどを打ち出している。

第二次低出産・高齢社会基本計画(韓国,2010年11月)

台湾では出生促進のために使う予算がなく、例えば、台湾が誕生してから99年目の昨年、「9月9日の記念日に結婚しましょう」とお金を使わずにキャンペーンをしたこともある。

人口政策白皮書(台湾,2008年3月)

シンガポールでは表のような政策を行っている。「ベビーボーナス」というのは出産一時金のことで、18カ月に4回支給することにしている。表の中の「WoW!基金」(Work-Life Works! Fund)は、ワーク・ライフ・バランスを進めるための基金である。

結婚・出産支援政策パッケージ(シンガポール,2008年8月)

家族政策支出の対GDP比(2005年)を比較したものが、次の図である。日本は2005年には0.81%だが、その後子ども手当拡充により1.2%くらいになっている。それでもフランスやスウェーデンよりはるかに少ない。

家族政策支出の対GDP比(2005年)

討論から

討論の口火を切って、人口問題協議会の明石康会長から次のような発言があった。

◆明石:今日の話は東アジアと言いながら、中国との関連では文化的・伝統的側面の他、共産主義体制も入ってくると思うので、最近の人口政策について説明願いたい。東南アジアはベトナムを除くと儒教の影響は弱い。だが、華僑の存在は無視できない。特にシンガポール、マレーシアでは客家(はっか)に属する華僑が多い。リー・クアンユー元首相、フィリピンのアキノ元大統領も、客家だと聞いている。客家とユダヤ人の文化的な類似点を挙げて論じた、立命館大学の異文化交流に関する研究がある。このあたりの文化的要素が東南アジアにどのような影響を与えるのか聞きたい。
韓国と台湾を儒教圏と考えて、日本はちょっと違う扱いを受けているようだが、韓国の場合、キリスト教徒が宗教人口の約40%という数字もある。欧米から入った宗教の影響についてはどうか。日本のほうが韓国より儒教的と言えるのではないか。
家族関係、親子関係で、日本では「武士道」の影響があって、主君と家来という主従関係が親子関係を凌ぐと言えるのかどうか。

それに対して、鈴木部長は次のように応答した。

◆まず、今回の研究では中国を対象としていなかった。東アジアの出生促進策の比較が研究目的のひとつだが、中国は出生促進策でなくいまだに出生抑制策を採っているからである。東南アジアはあまりにも多様で、華僑の影響で儒教的な価値観もあるだろうが、仏教やイスラム教やキリスト教の影響が様々な度合いで入り交じっており、とても一言では言えない。
日本は近代化の直前の19世紀まで封建社会で、西欧に似ている。韓国が儒教的かどうかはキリスト教との関係で難しいが、儒教的な家族パターンの影響が強いのではないかと考えている。

その他、以下のような質問や意見が寄せられ、活発な討論が行われた。

◆スウェーデンとフランスの出生率は上がっている、家族政策の支出が多い。教育費を国が補助して親の負担にならないようにすれば出生率が上がると考えているが、ドイツでは教育費は無料。ただ、保育園等の支援がない。日本では教育費をどれだけ国が負担すれば、TFRが上がるかという研究結果があるか。

◆台湾、韓国の過去の数字が知りたい。日本の場合は戦後にベビーブームがあって、団塊の世代が出た。日本との共通点はどうか。

◆鈴木:韓国は70年代以前の数字に信頼性の問題がある。ベビーブームはあったし、3年間ほどだった日本よりも長い。日本では70年代に団塊ジュニアが生まれたが、ミレニアムベビーのように何かの節目にブームが起こることはある。

◆出生力を上げるのは何が最も大きな要因になるのか。1960年ごろからドイツでは下がると言われていたが実際には下がらなかった。理由は関係国からの移民があったからだろう。
日本でヨーロッパ並みの1.9くらいまで回復するには、何が一番必要か。

◆鈴木:米国では、子育て、保育サービスは一定程度不法移民の手を借りている。サービスが安い半面、質に保証がなくてもそのようなベビーシッターに依存している。日本ではそうはいかない。
フランス、スウェーデンのように手厚い政策にするほかないのではないか。産んでも社会的支援が得られると国民が信用できた時に、フランスのように出生率が回復するのだろう。

◆移民の受け入れを考えた場合、アジアのどの国からが考えられるか。移民が多いのが出生力引き上げの要因と言えるのか。

◆鈴木:韓国や台湾では外国人労働者については、2~3年間という期間で、雇用許可証をとるゲストワーカー・プログラムがある。日本よりは踏み込んだものである。ヨーロッパではある程度移民が出生率を上げる効果があるという実証的な研究もある。東アジアでは逆で、外国人女性が入っても出生率が上がるということにはなっていない。

◆韓国に住んだ経験から言うと、韓国ではキリスト教徒が多くても日常の大部分は儒教のなかで生活していた。また高負担・高福祉の制度が整っているデンマークでは、ちょっとちがう。解雇が簡単にできるが、労働者に対して長期間にわたる失業手当や職業訓練が充実している。子どもの教育も無償。女性がかなり働いているが、女性の労働力参加に対しても、税の制度、社会の風習が影響していると思う。
なぜ、これができるのかというと、ワーク・ライフ・バランスがとれていて、家族に対する考え方が違うからだろう。社会保障と税の一体改革の議論のなかで、デンマークの例の10分の1でも参考に日本に導入して税の改革をしていくことは不可能ではない。ひとつのことに大勢がかかわりすぎて効率を悪くするような、日本の働き方のシステムや、職場での労働者と経営者の考え方を変えていくことが必要だろう。

◆鈴木:キリスト教徒はいても、韓国人にとっては恨(ハン)解きをしてくれるムーダンのような形で受容されているように見える。キリスト教の普及が、儒教的な価値観を払拭したとは思えない。

◆1985~90年にかけて、スウェーデンの出生率が急に上がり、その後また下がる要因はなにか。

これに対して、代表幹事の阿藤誠早稲田大学特任教授から補足する発言があった。

◆阿藤:スウェーデンの場合は、出生率が70年代に低下したが、80年代に前の子どもを産んでから3年以内に次の子どもを生むと前の出産と同じ条件で育児休暇がとれる制度ができ、出生率が上昇した。90年代前半にはEUのマーストリヒト条約(欧州連合条約)、失業増大などにより出生率が急低下した。2000年代には再び経済状況がよくなり出生率が上昇した。これはジェットコースター現象と言われている。

◆台湾、出生率への干支の影響について辰年に子どもをたくさん産むとよいと言われているそうだが、果たして台湾でそれが起こりうるのか。

◆鈴木:辰年が子どもを産むのに一番よく、寅年が一番よくないと言われている。

続いて明石会長から次の質問が寄せられた。

◆明石:ベビーブームはいつどんなタイミングで起きるのか。1994年、ルワンダでのツチ族、フツ族の虐殺で80万人が命を奪われたが、その後にベビーブームがあった。日本も少子化が20年くらい続いて危機感が募って生むようになるか。数日前にアムールトラの生態の番組を見たが、アムールトラは種の危機に直面すると絶滅を回避するような本能的な動きがあるらしい。

◆鈴木:科学的かどうかわからないが、「ホメオスタシス(恒常性)」の考え方もある。農耕社会の出生率はその社会の死亡水準に合わせて人口増加率をゼロにするような水準で均衡する傾向があったし、第一次人口転換もホメオスタシスの一例と考えられる。理由はどうであれ、出生力が人口増加率を抑える水準に収束する傾向があることはわかっている。

◆阿藤:日本では戦後、男性の復員により、結婚を遅らせていた若者が結婚し、夫婦の出産が増えるというベビーブーム現象が起こった。一般的に、戦争などの後のベビーブームはこのように説明される。

◆国を単位として人口問題を考えるのは最初から限界がある。国単位で考えるだけでない考え方がこれからは増える。どのようにすれば移民などと「ベストミックス」として効果的に組み合わせられるかという発想で政策が組み立てられているのか。
外国からの看護師、介護士で、労働の内容によって賃金に格差をつけてはいけないという議論があり、これは普遍性のあることだが、今後この考え方が日本として維持し続けられるか。

◆鈴木:各国の政策は自国民の福祉を最優先に考えているため、国単位には限界がある。坂中英徳さん(一般社団法人移民政策研究所)が提唱している「日本型移民政策」は、移民を育てるということなど参考になる面がある。

最後に、阿藤教授が今後の課題につなげていくようにしたいと、以下のように述べて、会を閉めくくった。

◆阿藤:まだまだ議論の続く大問題であるが、本日は、鈴木部長から、東アジアにおける少子化問題の背景、動向、政策対応について研究成果をご報告いただいた。それを踏まえて、少子化対策と同時に移民の問題をどのようにするかなどについての議論ならびに問題提起があった。1月に発表された「日本の将来人口推計」によれば、日本が急速な人口減少時代を迎え、超高齢化するのは避けられないことを示している。
すでに40~50年先の日本の人口の姿はほぼわかっているのだから、それを踏まえた政策対応の議論が求められると同時に、さらに先を見越して現在の少子化対策をどのように改善していくかの議論も必要である。鈴木部長の報告にもあったように、超少子化の背後には価値観の問題があり、政策として議論しにくい部分がある。しかし北欧諸国を参考にして、仕事と子育ての両立施策、子育ての経済負担の軽減などのように、できることは大胆に推進することが必要だと思う。 ひと口メモ

  • 一般に65歳以上人口が人口の7%に達すると高齢化社会(aging society)、14%に達すると高齢社会(aged society)と呼ばれる。
  • 「1.57ショック」は、日本で1989年のTFRが丙午の年だった1966年の1.58を下回ったことから1990年に言われた用語である。

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