2012.7.26 人口問題協議会・明石研究会シリーズ9 「世界の人口・RHの動向―リオ+20および家族計画サミットを踏まえて」 後編
2012.8.27
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- 明石研究会
阿藤
今回の講演内容について、またはIPPFの活動に対するご質問やご意見があれば、ご発言をどうぞ。
佐崎淳子(UNFPA東京事務所長)
MDGsはどちらかというと社会開発をテーマにしているが、「健康」の目標4、5、6をひとくくりにしたゴールにするという動きがあり、今、危機感をもっている。この点についてIPPFとしての考えはどうか。
テウォドロス・メレッセ
非常に重要な指摘で、同意見である。大きなくくりに含まれてしまうとコミットメントが薄まってしまう。こうした動きをはねかえすためにもロンドン家族計画サミットはよい機会だった。ドナー側と受け入れ国側、そして市民社会のリーダーたちの間で生まれたモメンタムを出発点として、大きなくくりの中に含まれてしまわないように、さらに強力にアドボカシー活動を進めていく。
IPPFは、60周年記念を11月28・29日に南ア共和国で開催し、2020年までのIPPFのマニフェストを発表することにしている。ポストMDGsのアジェンダを設定していくなかで、具体的なプロポーザルを出す。BRICS諸国とポストMDGsのアジェンダについてのコンセンサスを得るための取り組みも行っている。また、G20諸国との活動も今後行う予定。UNFPAと共同で「ICPD(国際人口開発会議)+20」も視野に入れて、行動計画実施過程の教訓と反省の上にポストMDGsのアジェンダに反映してくことも継続して取り組んでいく。
芦野由利子(ジョイセフ理事)
116の法律改正について、そのプロセスは新しく作るのも替えるのも大変難しいと思うが、事例を聞きたい。
日本には、いまだに人工妊娠中絶を犯罪とする堕胎罪が存在する。100年以上前に作られた刑法である。この刑法はリプロダクティブ・ヘルス/ライツの考え方に添って考えれば当然廃止されるべきであり、女性たちの中からは撤廃運動も起きているがまだ実現できていない。参考になるプロセスまたはノウハウはあるか。
テウォドロス
最も重要なことは、議員への働きかけを通じて進める場合と、メディアの役割を利用するのと二通りある。具体例としては、ニジェールでFGM(女性性器切除)を非合法化した際、国会議員とコミュニティレベルの人々を対象とした活動を組み合わせたことが成功につながった。
(児童婚を防ぐために)婚姻年齢を18歳に引き上げる、またアイルランドやスペイン、ポルトガルで人工妊娠中絶を合法化するという法案に関して、国民投票という形で法律改正を実現できた経緯がある。これにはIPPFの加盟協会が果たした役割が大きかった。
HIV陽性の人に対する差別を、会社経営者、労働組合との交渉で解消した例もある。
国会議員は地元の有権者の意見を一番優先するので、地域社会でそのうねりを作っていくことが必要だ。
芦野
そうするとIPPF加盟協会のスタッフの中に法律の専門家を抱えるということなのか。
テウォドロス
IPPFの加盟協会では、必ずしも法律専門のスタッフを採用するとは限らないが、ボランティア(役員)として、外部の支援を得ることもある。他にも、企業で言えば株主のように様々な背景の人(医師、弁護士、政治家等)にボランティアとして協力してもらっているので、国会議員と渡り合うことにより、法律を変えるための運動をするときなどには、そうした人たちの支援が不可欠となる。
英国国際開発省のアンドリュー・ミッチェル大臣が、かつて野党だったころには家族計画分野については知らなかったというが、政権に入り大臣になってからは、まさにスポークスパーソンとして活躍するようになった。時間をかけて理解を得ていくことが大事である。
西内正彦(NPO 2050)
誰に対して、どんな時にどんなサービスを提供するのか。また統合されたパッケージとはどんなものか、具体的な例を聞きたい。2020年までにサービスを3倍に増やすことについて、具体的な内容はどのようなことか。
テウォドロス
例えばケニアではサービスとして、クリニックに分娩室、薬局、検査施設、避妊具を渡す場所も設置している。HIVの検査、予防接種、妊産婦ケアの施設もある。統合されたサービスとは、子どもを予防接種に連れてくる母親に、家族計画の情報や性感染症の治療などを伝える、出産のとき母子感染防止にHIV検査をするなどのような複合的なサービスをパッケージで進めている。
コミュニティでの非臨床的なサービスでは、ヘルス・ワーカーのトレーニングがある。若者向けサービスでは、ユースセンターを設立して若者に特化したサービスをしたり、スポーツや映画ビデオを通じて情報を伝える、あるいはカウンセリングを行っている。ピア・エデュケーション(若者同士による教育)による情報提供のようなフレンドリーなサービスもある。
ブラジルでは全くちがったアプローチをしているところがあり、IPPFの加盟協会が自治体レベルで活躍している。自治体の担当者をトレーニングして、家族計画サービスを提供できるようにする。コンドームをソーシャル・マーケティングの手法を使って、所得に合わせて薬局で配付することによって広く行き渡るようにする活動もある。
北村邦夫(日本家族計画協会専務理事・家族計画研究センター所長)
日本においてこそアンメットニーズが大きいことを実感している。具体的には緊急避妊薬(EC)の承認は2011年で、世界に7カ国残った国のひとつだ。1999年の経口避妊薬(ピル)の承認にいたっては、国連加盟国中の最後の国だった。
日本ではECは1万5000円程かかる。ピルは1サイクルで2500円から3000円程かかる。子宮頸がん予防のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは5万円程もする。人工妊娠中絶は、依然としてほとんどD&C(掻爬)という方法が行われていて、RU486(ミフェプリストン)という経口中絶薬の利用ができない。
日本人自身が日本人の置かれている現状を踏まえて、地に足をつけていくのが必要だ。経済力があるからといって政治家、企業を動かすのはあまりにも表面をいじっているだけで事態を変えられない。日本人の中に、家族計画とか、リプロダクティブ・ヘルスの考え方がなかなか根付かない、あるいは根付かせようとしない現状のなかで、どうやって政治を動かし、企業を動かし、拠出金を増やすのか私にはわからない。時間がかかるかも知れないが、政治家たちが、行政が、私たちが日本の現状をきちんと認識したうえで初めて世界にも目を向けられるのだと常々考えている。
テウォドロス
同じような例は、中絶は非合法、避妊方法の入手は難しいという北部アイルランド(英国の一部)にもある。家族計画サミットの時には、「国内のことはこれから。関係閣僚に伝える」と言っていた。
近泰男(日本家族計画協会会長・ジョイセフ理事長)
日本で1948年に優生保護法が成立した後、中絶に対する感覚が非常に大らかで、安易な意識もあった。1955年に117万件の人工妊娠中絶があったが、現在では21万件に減少した。この事実には注目している。日本家族計画協会のような民間団体が、何とか中絶を減らし避妊を広めたいと願いながら、啓発活動を熱心に進めてきた。家族計画をすると、人工妊娠中絶がこんなに減るのだという事実を日本の歴史が示している。このあたりの経過を分析して、これが途上国にも役立てられたらよいのではないか。ただ、21万件の中身には問題が残っており、これはまだこれからの課題である。
佐藤龍三郎(前国立社会保障・人口問題研究所)
本日の話からも、開発問題におけるIPPFの役割の重要さを改めて認識した。ひとつは、家族計画の普及は女性や家族の機会を拡大するのに効果的である。もうひとつは、国や地域というグローバルな視点からみて、家族計画は人口安定化に寄与することが挙げられる。このように一石二鳥だと思うが、日本では必ずしも理解されていない。
それから、IMFと世銀共催の会議が日本で開催予定とのことだが、IPPFはどのようにかかわるのかうかがいたい。
テウォドロス
IMF・世界銀行の会議というと金利や金融の問題として保健分野とは関係ないと思いがちだ。しかし金利は自分たちの生活とかかわるし、また税金にも関連し、生活に密着している問題であり、国民のための議論が行われる。
単純化して言えば、イタリア、スペイン、ギリシャなどのユーロ危機にあえぐ国は歳出を抑えるために一番先にカットしていくのは、家族計画などすぐに効果が出ない社会部門だった。南ア共和国では、政治体制が変わって構造改革が行われた時、社会的なところでひずみが出た。理屈としてはビジネスにやさしい制度を作れば、雇用も創出されてみんなが幸せになると言われている。どんなビジネス環境であろうと、まず人を大切にし、育むのが必要である。
母親を出産で亡くした子どもは。自分が生き残れても、教育の機会がなかったり、生き残りをかけてストリートチルドレンになることもある。それは、個人、地域、国のいずれのレベルでも幸福とは言えない状態だ。空腹を満たせる、住むところがある、健康である、ということが満たされなければ、幸福とは言えない。不幸な人々が多数いるということは国を不安定にするということをしばしば目の当たりにしている。不安定というのは世界平和にとって、またビジネスに対してもよいことではない。紛争を避け、平和を維持して、個人個人が健康であり、教育を受けることができるように、まず人間のことを考えるのが重要である。
日本でも、社会的な側面を具体的に見てもらうために、マスコミ、国会議員にも理解してもらわなければならない。時間をかけた努力が必要である。カトリックを背景にもつメリンダ・ゲイツさんは、カトリックが人工妊娠中絶を認めないという家族計画へのポリシーをもっていることの壁を乗り越えた。そこには、学術界の情報、マスコミ、市民社会の様々な要素が合わさっている。IPPFとしては、IMFも世銀も含めて、国際レベルではポジションペーパーや提言書を出したり、討論に参加する形で影響力をもつことができる。日本ではジョイセフがそのプロセスにかかわっている。
地球温暖化や漁業でも、グローバルな様々な問題に取り組まなければならないわけで、それに一人で取り組むのは不可能であり、外務省に保健や開発などに働きかけてみんなが支援していくことが重要である。
阿藤
カイロ会議で言及されたリプロダクティブ・ヘルス/ライツ分野のIPPFの活動全般についてお話を伺い、それに対する日本への協力要請をいただいた。2000年のMDGsにリプロダクティブ・ヘルスの項目が入らなかったことは大きな問題であった。それに関する項目がMDGsに含められたのがようやく2006年。この失われた6年間に、アフリカで家族計画の普及が遅れた。その間、HIV/エイズに大きな資金が振り向けられ、家族計画に十分な資金が回らなかったと聞く。
日本への大きな期待が語られたが、一方日本については北村さんから、リプロダクティブ・ヘルスに関する国内問題についての提起もあった。一人ひとりがこの問題についての意識を高めて、国内的にも国際協力の点でも、解決の方向を探ることが必要なのではないか。
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