知るジョイセフの活動とSRHRを知る

ジェンダー平等に逆行する動きが世界的に強まる恐れ

2022.10.18

『週刊金曜日』2022年8月19日号掲載記事を転載。一部改定

6月24日、米国では連邦最高裁が憲法上の人工妊娠中絶の権利を認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を出しました。セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)に関する研究や政策分析などを行なうグットマッハー研究所(米国本部)は、判決後1カ月間で43のクリニックが中絶サービスを止めたと報告しています。さらに今後、米国では半数以上の26州で中絶禁止、もしくは厳格な中絶規制が行なわれる可能性があるということです。

判決に対して米国各地で抗議デモが行なわれた。写真は7月19日、ワシントンでのデモ。(提供/CPD Action・AP・アフロ)

この判決に国際社会はすぐに反応。国際家族計画連盟(IPPF)のアルバロ・ベルメホ事務局長は同日、「米最高裁がロー対ウェイド判決を覆したことは、近年の米国史上で女性の健康と権利に対する最大の打撃だ。そもそも中絶は、憲法上保障されるべき命を守る保健医療ケアであり、今回の決定は許されざる暴挙」と非難しました。

国連人権高等弁務官のミチェル・バチェレ氏は、この判決が女性の人権とジェンダー平等に対する大きな痛手であり、特に収入が少ない人々や宗教的・民族的マイノリティの基本的人権を奪うものだとコメント。国連人権理事会から任命された女性に対する暴力や健康権の特別報告者といった人たちも、即座にこの判決を非難する共同声明を出しています。

欧州議会も、7月7日に米国の最高裁判決を非難する決議を採択。決議文では、EU加盟国内でも非常に厳格に中絶を禁止しているマルタで6月に起きたケースで、米国人の妊婦が旅行中にマルタで流産しかけた際、いかなる理由による中絶も許されていないマルタでは処置を受けられなかったため、スペインまで輸送されて手術を受けたという例を紹介しています。米国でも同様に、中絶を認める州に移動しなければ中絶が受けられなくなる状況が生じています。

いま恐れられているのは、今回の判決が他国に飛び火し、保守派の運動が盛り上がり、中絶やジェンダー平等に反対する動き(バックラッシュ)が全世界的に強まることです。欧州議会は2020年のレポートで、安全な中絶を含むSRHRを敵視する勢力がここ10年間で台頭してきたことを報告していますが、先に紹介した決議でも、米国の判決を受け、こうした勢力に資金が集まる懸念が高まっていることを警告しています。

広島サミットでの課題

むろんバイデン政権もすぐに最高裁判決を非難しました。7月8日には大統領令を出し、リプロダクティブ・ヘルスケアに関する決断は非常に個人的なもので政府が干渉すべきではないと明言。連邦政府は、中絶薬の入手や中絶を含めたリプロダクティブ・ヘルスケア・サービスへのアクセスを推進するための行動を約束した。8月3日には、州外に中絶ケアを求める女性への保健医療アクセスを確保する政策などを盛り込んだ大統領令を発表し、同時に、政府内の動きを加速するためのタスクフォースも立ち上げています。

しかし米国の若い活動家は、ジョイセフが7月2日~20日まで5回行なった緊急インスタライブの最終回に登壇し、バイデン政権の対応が遅いことに若者が失望していると語っています。民主党への批判はオバマ元大統領にも向けられており、オバマ氏が選挙中に公約したロー対ウェイド判決の成文化を、就任中は後回しにした責任も言及されています。有効な手を打てない民主党への落胆も広がっているようです。

6月末にドイツで行なわれたG7サミットの首脳声明では、各国が一致してSRHRを推進することが再確認されました。来年日本で開催されるG7広島サミットでは、さらに進んだコミットメントが期待されます。主要な議題の一つとして、すでにユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)が取り上げられると言われていますが、そもそも、UHCは、すべての人が必要な時に支払い可能な費用で医療サービスを受けられる概念であり、当然、中絶ケアも含まれるべきです。グテーレス国連事務総長もSRHRはUHCの根幹だと断言していますが、米国や日本をみると、G7各国で中絶がUHCの一部としてカバーされているとは決して言えません。

日本では、中絶費用が高額であることの他、中絶に配偶者の同意を必要とすること、経口中絶薬がいまだに承認されないことなど中絶ケアに関する課題は多々存在します。意図しない妊娠を防ぐ緊急避妊薬へのアクセスも限定されています。来年のサミットで、日本が旗振り役となってUHCを推進するのであれば、SRHRに関するさまざまな課題とも向き合い、保健医療サービスや包括的性教育などを保障する具体的な政策を打ち出すことが期待されます。

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