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グローバルヘルスにおけるジェンダー平等と女性のエンパワーメント

2023.1.29

ジョイセフ事務局長・勝部まゆみが『医学のあゆみ』(282巻11号,2022年9月10日発売,医歯薬出版株式会社)に「グローバルヘルスにおけるジェンダー平等と女性のエンパワーメント」というテーマで寄稿しました。
2023年5月に開催される広島G7に向けてグローバルヘルスに関する会合が開催されているいま、女性の健康の重要さを、改めて問いかけたいと思います。

はじめに

2020年3月に世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言して以来、新型コロナウイルス感染症(COVID-19 )が世界で猛威を振い、脆弱な立場に置かれた人々、とりわけ女性の健康や経済的状況に与える負の影響が増大した。国際支援と政府予算がCOVID-19 の予防対策に集中し、その結果、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:Sexual Reproductive Health and Rights、性と生殖に関する健康と権利)分野の、特に女性の健康と命に関わる家族計画、産前産後ケア、出産、安全な中絶などのサービスが十分に行き届かない状況が世界各地で報告された。

COVID-19は開発途上国も先進国も区別なく、文字通り地球規模で拡大し、グローバルレベルでの対策が必要となった。しかし、3年越しのコロナ禍で、3回目のワクチン接種が進む先進国と1回目の接種も行き渡らない開発途上国の格差が浮き彫りになり、取り残される人々の苦境が伝えられ、持続可能な開発目標(SDGs)達成が危ぶまれている。国際社会で優先順位が下がったSRHR分野への支援の減少によって、必要なサービスにアクセスできないことは、女性・少女にとって、感染症と同様に健康と命にかかわる問題となっている。また、保健医療現場で働く女性も、ジェンダーの不平等に苦しみ、身心を疲弊させている。

本稿では、ジェンダー不平等が男女それぞれの健康にもたらす不利益と、グローバルヘルスにおける保健人材のジェンダー課題について述べ、将来のパンデミックに備えるにあたって何が必要かについてまとめた。

ジェンダー不平等による健康格差

ジェンダー不平等は、生まれる前から命と健康を決定づける場合がある。自然な状況であれば、出生時の男女比は、女児を1とすると男児は概ね1.05~1.06である。しかし、一部の国や地域では女児より男児の誕生を望むことから、出生時男女比が歪められ、あるいは育児放棄による死亡により1億4000万人の女児が消えているという。*1 男児は女児に比べて乳児死亡のリスクが高く、ほとんどの国で、1歳未満児の男児の死亡が女児より多いが、アジア・大洋州地域の40の低・中所得国で実施された調査*2 によれば、インドとパキスタンは突出して女児の死亡が多い。栄養不良による疾病、性的暴力や暴行の被害にあうリスクが高いのも女児である。ジェンダーに基づく偏見、差別、規範は、男女の出生比に影響を与え、学びや就業の機会、役割分担のみららず、健康を左右するリスク行動や保健医療サービスへのアクセス行動を決定づけてしまう。しかも、個人だけでなく、家族や世代を超えて影響を与える。15歳から19歳の男児には、交通事故や暴力沙汰による怪我が多く、飲酒や喫煙、薬物使用などのリスク行動が多い。*3 これは、ステレオタイプの男性像に基づいた社会的な圧力が、健康を害する習慣や乱暴な行動を容認し時に奨励するためである。男性が、強さを示すために、必要な時にも敢えて診察や治療を受けないことや、女性が自身の健康を守るための決定権や経済力がないために、必要な保健サービスにアクセスできないことも、ジェンダー規範がもたらす不利益である。ジェンダーや性別だけでなく性的自認・性的指向、人種、階級、経済状況、障がい、年齢などの特性が絡んだ交差性(インターセクショナリティー)が、保健医療サービスへのアクセスを困難にしていることも忘れてはならない。

女性が支えるグローバルヘルスの現場

世界全体で、保健と福祉の現場で働く人材の70%、さらに看護師、助産師の90%が女性であり、日本でも、2018年の統計で女性の看護師は92.2%である。*4 しかし、指導的立場にいる女性は25%に過ぎない。ジェンダー規範や差別、偏見が、医師は男性向き、看護職は女性向きの仕事、などのステレオタイプを作り、女性が昇格することを妨げてきた。データによれば、40代以下では女性医師も多くなり、医学部学生の女性割合が増える傾向にあるが、家事や育児のほとんどを担うのは、未だに多くの場合女性であり、大多数の女性は、家庭の仕事と職場の仕事のバランスを取ることが困難な職場環境や労働条件下で働いている。*5 また、女性の保健医療従事者の収入は、平均で男性より28%低い。女性は、グローバルヘルスに年間3兆ドルに値する貢献をしていると推計されているが、その半分は無給で働く女性に支えられており、低・中所得国の保健施設のない農村部でコミュニティーの保健活動に従事する女性たちの働きも、正当に評価されていない。*6

COIVD-19との闘いの最前線でも、女性の保健医療従事者が重要な役割を果たしている。しかしここでも、ロックダウンの実施や母子保健サービス、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス(SRH)サービスについて、特に女性が影響を受ける対策を男性が決定し、当事者の女性がほとんど関わっていなかった。外出自粛、学校閉鎖などによって増えた家事や育児の負担は女性が背負う結果となっている。パンデミック当初、個人用防護具が不足する中で、性別にかかわらず、すべての保健医療従事者は新型コロナウイルス感染者の治療と看護に命がけで対応していた。そして、より患者に近い場所でケアをして感染した保健従事者の多くが女性であった。しかし、70%を占める女性の体形に合う防護具が作られていなかったことが、保健医療現場で働く女性の立場を雄弁に語っている。*7 WHOは、持続可能な開発目標(SDGs)が掲げるユニバーサルヘルスカバレッジの達成に必要な保健人材が、主に低・中所得国で1,800万人不足していると推計している。COVID-19対応で医療現場の人材不足は先進諸国でも課題となったが、コロナ禍での過酷な労働条件、低賃金、社会から向けられる差別などから、例えば英国では、3分の1の看護師が離職を考えているという調査があり、*8 日本でも、全国自治労働組合が、45都道府県の保健医療従事者の調査で、約7割が離職を考えたことがあるという結果を発表した。*9

ジェンダー不平等は、保健医療サービスの受益者にも提供者にも、不利益を生み、危機下ではさらに状況を悪化させる。世界経済フォーラムは「ジェンダーギャップ指数2021」で、このままのペースで進むと、世界全体でジェンダー不平等を解消するには、135.6年かかるという試算を発表した。現状を打開するためには、ジェンダー平等への歩みを加速させることが肝要である。近年、社会の根底にある差別や偏見に基づくジェンダー規範、制度、法律、規則、政策などを変えて、構造的な改革に取り組み障壁を取り除くジェンダートランスフォーメーションという考え方が浸透してきた。

グローバルヘルスにおける女性のエンパワーメント

グローバルヘルスの分野で、女性の保健医療従事者が直面する構造的な障壁は、おそらく、多くの職種に共通の障壁である。図1のエコロジカル(生態学的)モデルは、個人、制度、対人関係、コミュニティー、政策の各レベルで、ジェンダー平等を阻む障壁を示している。

これらの障壁を取り除き、女性のエンパワーメントを後押しするためには、個人レベルから国の政策に至るまで改革が必要であり、特にジェンダー平等を推進する政治的な強い意志と意欲的な政策が必須である。世界には、妻が働くことを夫が禁止したり、女性が就労できる職種や場所を制限するなど、女性の働く権利そのものを否定する法律が存在する。*10 保健や福祉分野でも、非正規で働く女性が多く、職場の安全な環境の確保や公正な賃金について交渉する手段を持たない非正規労働者は、待遇の改善を求めることが困難である。男女の賃金格差について、労働時間の長短や職種によって説明できない場合には、雇用主や事業所に対して改善を求めることができる制度、法律、政策によって是正しなければならない。職場でのセクシュアル・ハラスメントやマタニティー・ハラスメントなど、女性が離職する原因となる行為を禁止し罰すると同時に、被害を受けた女性を守る制度も必要である。個人レベルでは、職業や昇進についての考え方、姿勢、価値観が、女性は女性らしく控えめに行動することを期待されるジェンダー規範に影響を受けている場合もある。自分の昇進や成功を、自身の実力だと受け止められないインポスター症候群は、女性に多いと言われており、アメリカの医学部学生138人(うち77人が女性)の調査によると、女性は49.4%、男性は23.7%にインポスター症候群が認められたという。*11

おわりに

1995年、北京で開催された世界女性会議の「行動綱領」には、「経済的,社会的,文化的及び政治的意思決定の完全かつ平等な分担を通じて,公的及び私的生活のすべての分野への女性の積極的な参加に対するあらゆる障害の除去を促進すること」が明記されている。*12なぜ、未だにこの理不尽な状況が改善されていないのか。個人の意思と行動力だけでは、ジェンダー規範を乗り越えることが困難だからである。2020年2月27日、国連事務総長アントニオ・グテーレス国連事務総長が、ニューヨーク州のニュースクール大学で行ったスピーチ*13を是非読んで欲しい。グテーレス氏は、このスピーチでも、2020年の国際女性デーに向けたスピーチでも、こう述べている。「女性を変えようとすることを止め、女性の潜在能力の発揮を妨げている制度と権力不均衡の変革に取りかかるべき」*14であると。

ジェンダーの平等を推進し女性をエンパワーするためのジェンダートランスフォーメーションを通して私たちが求める社会は、交差性による差別や不利益もない多様性を認める包摂的な社会であり、女性だけの利益を求めていない。ジェンダートランスフォーメーションは、新たな感染症等の脅威に備えるために必要な、強靭で回復力のある保健システムの構築に不可欠である。ジェンダー平等の上に構築される保健システムは、強靭であると同時に柔軟で、誰もが必要なときに適切な保健医療サービスを受けることを可能にし、パンデミック下においても、立場の弱い人々への負の影響が増幅されない社会づくりにつながるはずである。

*1 国連人口基金(UNFPA)、「世界人口白書2020‐自分の意に反して:女性や少女を傷つけ平等を奪う有害な慣習に立ち向かう」日本語訳抜粋版 *2 Kennedy E. et al,“Gender inequalities in health and wellbeing across the first two decades of life: an analysis of 40 low-income and middle-income countries in the Asia-Pacific region”, The Lancet Global Health, 2020;8:e1473-88, (2022年3月27日検索)*3 Kennedy E. et al, The Lancet Global Health, ibid.*4 厚生労働省「平成30年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」、令和元年9月4日, (2022年3月27日閲覧)*5 WHO、Global Health Workforce Network, Women in Global Health“Closing The Leadership Gap: Gender Equity and Leadership in the Global Health and Care Workforce, June 2021, (2022年3月27日閲覧)*6 Women in Global Health, “COVID-19 Global Health Security Depends on Women” September 2020, (2022年3月27日閲覧)*7 Women in Global Health, ibid*8 Women in Global Health, ibid*8 全国自治労働組合、“効率・公的医療機関で働く医療従事者の約7割が離職を検討。衛医評が調査結果を公表”、2022年3月17日(2022年3月27日検索)*10 Women in Global Health, ibid*11 Villwock JA et al.,“Impostor syndrome and burnout among American medical students: a pilot study” 2016; 7: 364–369.Published online 2016 Oct 31. National Library of Medicine, National Center for Biotechnology Information, (2022年3月27日検索)*12 内閣府男女共同参画局、第4回世界女性会議 行動綱領(総理府仮訳)第1章使命の声明 *13 United Nations, Secretary General, “Secretary-General’s remarks at the New School: “Women and Power”, 27 February 2020(2022年3月27閲覧)*14 UN Women JAPAN “国際女性デー(3月8日)に寄せるアントニオ・グテーレス事務総長メッセージ:男女の権力格差”、2020年3月14日(2022年3月27閲覧)
Author

勝部 まゆみ
UNDPのJPOとして赴任したガンビア共和国で日本の国際協力NGOジョイセフの存在を知り、任期終了後に入職。日本赤十字でエチオピア北部のウォロ州に赴任するために一旦ジョイセフを退職、3年後に帰国・復職。ジョイセフでは、ベトナム、ニカラグア、 ガーナ、タンザニアなどでリプロダクティブ・ヘルスプロジェクトに携わってきた。2015年から事務局長、2017年6月から業務執行理事を兼任し、2023年6月に代表理事・理事長。