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【第6回】世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の取り組み ~国際社会で揺れ動くSRHR

2022.10.14

連合総研 DIO9月号(9月1日発行)に掲載された記事に、加筆したものです。

政治、宗教、紛争、災害に翻弄される女性のSRHR ②
-人道危機下におけるSRHR-

今、新型コロナ感染症や、世界各地で起こっている紛争によって、女性のSRHRをめぐる状況が厳しさを増しています。

(1)新型コロナ感染症(COVID-19)拡大の影響

2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が急速に拡大し、3月に世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言。先進国、開発途上国に関わらず、各国政府の資金はCOVID-19対策に集中し、通常行われるべき保健医療サービスの優先順位が下がる事態になりました。世界各国で、保健スタッフの防護用具はもとより、医療資器材や避妊具・避妊薬等も入手困難となり、家族計画や産前産後ケアなどのセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス(SRH)サービスも十分に提供できない状況が発生しました。

陰のパンデミック: ジェンダーに基づく暴力の増加

COVID-19の感染拡大を防ぐためにロックダウンや外出禁止・自粛などの対策が世界各地で実施されました。休業や失業による経済的困窮、家庭内での食料不足、移動制限などによる精神的ストレスが高まり、「陰のパンデミック」と呼ばれるドメスティック・バイオレンス(DV)やジェンダーに基づく暴力、性暴力が、193の国連加盟国全体で20%増えると推計されました[41]

ロックダウンの規制がより厳しいほど、「陰のパンデミック」のリスクが高くなります。グローバル開発センター(Center for Global Development)[42]の分析でも、2020年後半までに、各国で暴力が増加したエビデンスが示されています。

妊娠、出産、避妊サービスへの影響

コロナ禍によって、世界の9割に上る国々が、保健医療サービスの混乱を経験しました。妊娠、出産については、世界17カ国で行われた調査で、低・中所得国で死産と妊産婦死亡が約3割増えたことが明らかになりました[43]

ネパールでは9カ所の病院の調査で、2020年前半に施設分娩が50%以上減少し、死産が50%増加、新生児死亡が倍増したことがわかりました[44]。コロナ禍では妊娠を遅らせたいという希望は、先進国、開発途上国ともに高くなっています。しかし、国連人口基金(UNFPA)の2021年3月の発表では、避妊したくてもサービスを受けられない女性が、世界で約1200万人増加し、その結果、予期しない妊娠は140万件増えると推計されています。

コロナ禍が閉ざす未来

コロナ禍の経済的困窮で、学校閉鎖が解除された後も多くの女児が学校に戻れず教育の機会を奪われました。ユニセフは、家庭の経済的負担を軽くするために女児を結婚させる児童婚のリスクが25%上昇し、児童婚が今後10年間に1000万件増加するという予測を発表しました[45]

2022年3月8日国際女性デーのメッセージでも、1100万人の女児が、今後も学校に戻れない可能性を示唆しています[46]。さらに、UNFPAの「世界人口白書2021」によると、女性と女児にとって有害な慣習である女性性器切除(FGM)が増えるという懸念が現実のものとなっています。児童婚のリスクのみならず、エチオピア、ケニア、ナイジェリア、スーダンで結婚の準備のためにFGMが行われ、ソマリアではインタビューされた住民の31%、ケニアの難民キャンプでは児童保護ワーカーの75%が、FGMが増えたと回答しています。パンデミックによって、児童婚をなくしFGMを撲滅するためのプログラムが中断や中止に追い込まれ、長年にわたって積み重ねた成果が失われようとしています。

(2)世界各地の紛争、政変、そしてロシアによるウクライナへの軍事侵攻

パンデミック同様、紛争や政変、自然災害、その結果としての貧困などの人道危機下において、SRHサービスの重要性が増すにもかかわらず、優先順位が下がり見過ごされがちです。家族や地域の保護を受けられなくなり、脆弱な立場に置かれた人々、特に女性と女児は、性暴力を受けやすい状態に陥ります。この結果、意図しない妊娠が増加することも懸念されます。

紛争から逃れて避難民となったり、保健施設が破壊され、必要な衛生用品や医薬品、機材が途絶え、妊産婦が必要とするサービスや、緊急避妊薬などの家族計画サービス、安全な中絶ケア、性感染症、HIV感染の診断や治療などを受けることが困難になります。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が2022年2月24日に開始されて以来、ウクライナ国内外で避難を強いられている多くの女性が、人身売買や性暴力などの危機にさらされています。UNFPAウクライナ事務所によると、現在ウクライナでは、約26万5000人の女性が出産を控えていますが、早産や合併症などのリスクが問題となっています。地下シェルターや地下鉄など、子どもと自らの命が危険にさらされる環境で出産せざるを得ない窮地に陥っている女性も少なくありません。性暴力やジェンダーに基づく暴力の報告も増加しているといいます[47]

また、2020年8月にアフガニスタンでイスラム原理主義組織のタリバンが全権を掌握して以来、女性の高等教育の禁止や就労の禁止など、女性の人権が侵害される状況が強く懸念されています。自由な外出が禁止され、女性が必要とするSRHサービスが受けられないなど、女性の自己決定権が奪われれば、結果的に実際に病気になったり、対応が遅れて命を落とす確率が高くなる事態も懸念されます。

人道危機の状況は、ウクライナやアフガニスタンだけでなく、シリアやイエメンで長引く内戦、2021年2月に発生した軍事クーデター以降のミャンマーなどで、弱い立場に置かれた女性や子どもへの影響は、計り知れません。

最後に-すべての人の人権であるSRHR。推進し続ける強固な意志が求められている

SRHRの根底にある女性の自己決定権を確立し守るための弛みない努力は、時にバックラッシュを受けながら、連綿と続いています。SRHRは、多くの国際条約や国際会議の合意である宣言や行動計画に明記されており、国際的合意を得た、女性の、そしてすべての人々の基本的人権です。それにもかかわらず、ICPDから四半世紀以上経つ今も、女性に対する不平等な社会規範、文化、宗教、制度、政策、法律、国・社会・家族からの圧力、そこから生じるSRHRに関する情報、知識、サービスの不備、不足などの状況は各国で共通した課題です。国内外の政治や宗教の対立、紛争、災害等によって、「自分の身体は自分のもの」というごく当たり前の自己決定権は、いとも簡単に奪われてしまう危うい状況にあるのです。

その結果、多くは開発途上国で、毎年何百万人もの女性と女児が生涯にわたる傷を受け、疾病に苦しみ、命を失っています。この状況を変えていくために、SRHRを推進し続ける強固な意思が、国際社会に求められています。

 


 
[41] “Impact of the COVID-19 pandemic on Family Planning and Ending Gender-based Violence, Female Genital Mutilation and Child Marriage”, UNFPA, 27 April 2020, p.4, https://www.unfpa.org/sites/default/files/resource-pdf/COVID-19_impact_brief_for_UNFPA_24_April_2020_1.pdf (2022年8月3日検索)

[42] Center for Global Development, “Violence Against Women and Children during COVID-19- One Year On and 100 Papers In: A fourth Research Round Up”, April 12, 2021, Shelby Bourgault, Amber Peterman, and Megan O’Donnell https://www.cgdev.org/publication/violence-against-women-and-children-during-covid-19-one-year-and-100-papers-fourth(2022年8月3日検索)

[43] The Lancet, “Effect of the COVID-19 Pandemic on Maternal and Perinatal outcomes: A systematic Review and meta-analysis”June 1, 2021、 Barbara Chmielewska, and others, https://www.thelancet.com/journals/langlo/article/PIIS2214-109X(21)00079-6/fulltext, (2022年8月3日検索)

[44] “Effect of the COVID-19 pandemic response on intrapartum care, stillbirth, and neonatal mortality outcomes in Nepal: a prospective observational study”Ashish KC*, Rejina Gurung*, Mary V Kinney, Avinash K Sunny, Md Moinuddin, Omkar Basnet,BSc et al.、https://www.thelancet.com/journals/langlo/article/PIIS2214-109X(20)30345-4/fulltext, (2022年8月3日検索)

[45] UNICEF, “COVID-19: A Threat to progress against child marriage”, March 2021, https://data.unicef.org/resources/covid-19-a-threat-to-progress-against-child-marriage/ (2022年8 月3日検索)[46] UNICEF, “We must prioritize girls in our COVID-19 recovery – Statement by UNICEF on International Women’s Day”, March 8, 2022, https://reliefweb.int/report/pakistan/we-must-prioritize-girls-our-covid-19-recovery-statement-unicef-international-women (2022年8月3日検索)

[47] 国際人口問題議員懇談会(JPFP)会合ウクライナにおけるUNFPAの緊急支援活動について報告 https://tokyo.unfpa.org/ja/news/220405JPFPMeetingUkraineReport、UNFPA、2020年4月5日

 


 

用語・注釈
リプロダクティブ・ヘルス (カイロ会議「行動計画」7.2より)
リプロダクティブ・ヘルスとは、人間の生殖システム、その機能と(活動)過程のすべての側面において、単に疾病、障がいがないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあることを指す。したがって、リプロダクティブ・ヘルスは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力をもち、子どもを産むか産まないか、いつ産むか、何人産むかを決める自由をもつことを意味する。
リプロダクティブ・ライツ (カイロ会議「行動計画」7.3より)
すべてのカップルと個人が、自分たちの子どもの数、出産間隔、出産する時期を自由に責任をもって決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという権利。また、差別、強制、暴力を受けることなく、生殖に関する決定を行える権利。さらに、それを可能にする情報と手段を得て、その方法を利用することができる権利。女性が安全に妊娠・出産でき、また、カップルが健康な子どもをもてる最善の機会を得られるよう適切なヘルスケア・サービスを利用できる権利が含まれる。 
以下は、公益財団法人ジョイセフがわかりやすい説明を試みたもの
ジョイセフWEBサイト 説明ページへ
セクシュアル・ヘルス
自分の「性」に関することについて、心身ともに満たされて幸せを感じられ、またその状態を社会的にも認められていること。

リプロダクティブ・ヘルス
妊娠したい人、妊娠したくない人、産む・産まないに興味も関心もない人、アセクシュアルな人(無性愛、非性愛の人)問わず、心身ともに満たされ健康にいられること。
セクシュアル・ライツ
セクシュアリティ「性」を、自分で決められる権利のこと。
自分の愛する人、自分のプライバシー、自分の性的な快楽、自分の性のあり方(男か女かそのどちらでもないか)を自分で決められる権利。
リプロダクティブ ・ライツ
産むか産まないか、いつ・何人子どもを持つかを自分で決める権利。
妊娠、出産、中絶について十分な情報を得られ、「生殖」に関するすべてのことを自分で決められる権利(自己決定権)。
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