
セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)を守る上で、避けて通れないテーマのひとつが「性感染症(STI:Sexually Transmitted Infection)」です。
今、日本国内で、性感染症のひとつ「梅毒」の感染が急速に広がっており、特に10代後半から20代の若い女性の感染報告数の急増が大きな問題となっています。
1. 梅毒感染者の推移:年間620人から1万5,000人超へ
日本の梅毒感染の記録は1948年から開始されました。第二次世界大戦直後は年間約22万人の感染者が存在したとされていますが、その後の治療薬(ペニシリン)の普及により、感染者数は減少していました。
2010年には年間 約620人とピーク時から大幅に減少していましたが、これを境に感染報告数は再び急増へと転じました。
2023年には、年間 15,000人を超えて、2010年の約24倍となり、2025年には、年間 約13,500人で、依然として高水準です。
一度は激減した梅毒感染が、ここ15年ほどで爆発的に再流行しているのが現在の状況です。
※2010年~2024年は感染症発生動向調査事業年報による確定値、2025年は感染症発生動向調査週報第52週による速報値
2. 年代・性別に見る際立った特徴
全体の感染者数が増加しているだけでなく、感染報告数の性別や年齢層にも大きな変化が見られます。
まず、男女比の変化です。2010年時点では、感染報告数は、男性約500人、女性約120人で、男女比は4:1、男性が圧倒的に多数を占めていました。しかし、2025年のデータでは1.7:1となり、女性の感染割合が高まっていることがわかります。
また、年齢層に顕著な偏りがあります。
年齢ごとの感染報告数のグラフを見ると、男女で対照的な傾向がわかります。
※感染症発生動向調査週報第52週による速報値
グラフの出典(2点とも):
厚生労働省サイト
男性の感染リスクが年齢を問わず幅広い世代に分散しているのに対し、女性の感染は20代および10代後半に極端に集中している点が、現代の梅毒拡大の特徴です。
3. なぜ今、若い女性の間で拡大しているのでしょうか
急激な感染拡大の背景には、インターネット環境の変化、性教育の課題、そして社会経済的な問題があります。
- (1) スマートフォンとマッチングアプリの普及
- 2011年以降のスマートフォンの急速な普及とSNS・マッチングアプリの登場によって、知らない個人同士が繋がることが容易になりました。カジュアルな出会いによって、性的な接触へのハードルが下がったことが要因のひとつとされています。
- (2)予防知識や情報の不足
- カジュアルな出会いが増えた一方で、身を守るための性教育や知識の普及が追いついていません。知識の不足や、その場の雰囲気で性行為を行うことが感染リスクを高めています。例えば、コンドームを使用しない、または正しく使用できていなかったり、挿入行為がなくても、キスや性器の接触だけで感染することを知らなかったりします。
- (3)派遣型風俗や個人間売買春の増加
- インターネットの普及に伴い、店舗を持たないデリバリーヘルスなどの派遣型風俗や、個人営業の性サービスビジネスが増加しました。安全管理が行き届きにくい環境が増えたことも、感染拡大の要因と考えられています。
- (4)コロナ禍以降の「経済的困窮」の影響
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特に注目すべきは、コロナ禍以降の社会的・経済的な変化です。
コロナ禍による経済停滞は、非正規雇用や派遣などで働いていた若い独身女性に、特に深刻な打撃を与えました。感染拡大が収束した後も、低賃金や貯蓄の乏しさ、奨学金の返済、頼れる家族がいないなどの理由で、生活困難に陥る10代後半〜20代女性が多く存在します。
そうした中で、短期間で現金収入を得る手段として性産業に従事したり、「パパ活」と呼ばれる個人間の売買春に頼らざるを得なくなったりするケースが増加しました。
医療現場や社会福祉の聞き取り調査で、女性の梅毒感染者のうち5人に2人は性風俗産業への従事経験があると回答しており、経済的困窮と感染拡大には強い関連性があると見られています。
4. おわりに:自分のからだと権利を守るために
近年の梅毒急増は単なる個人の注意不足ではなく、「デジタル化による出会いの変化」「適切な性教育の不足」「若年女性の経済的困窮」という社会構造の問題が大きく影響していると言えます。
国際機関ユネスコ(UNESCO)などによる国際セクシュアリティー教育ガイダンスでは、包括的性教育の一環として、中学生や高校生の発達段階に合わせて、性感染症の仕組みや予防法、検査について正しく教えることが推奨されています。
性を「怖がらせるための道具」にするのではなく、自分とパートナーの健康と権利(SRHR)を守るための「科学的で正しい知識」を持つこと。
まずは、予防すること、そして「何か変だな」と思ったときにすぐに相談・検査できる環境づくりと、正しい知識の啓発が求められています。
梅毒は、早期に発見して適切な治療を受ければしっかり治る病気です。 自分自身のからだと健康(SRHR)を守るために、まずは正しい知識を持ち、リスクを感じた際は早めに医療機関や検査機関に相談することが大切です。
【補足】
1. 梅毒とはどんな病気?
梅毒は、「梅毒トレポネーマ」という細菌が体に侵入することで発症する性感染症(STI)です。 最大の特徴は、「時期によって症状が変化し、一度症状が消えて潜伏する」という点です。この特性により、感染に気づくのが遅れてしまいがちです。
2.【ポイント解説】梅毒の症状と進行ステージ
【第1期】感染から約3週間後
- 主な症状:性器、口の中、唇、お尻などに「痛みのないシコリや発疹」ができる。
- 注意点:痛みがないため見逃しやすく、放っておくと2〜4週間ほどで自然に消えてしまいます。しかし、病気が治ったわけではなく、細菌は体内で増え続けます。
【第2期】感染から約3ヶ月後
- 主な症状:細菌が血液に乗って全身に広がり、手のひら、足の裏、全身の皮膚に赤い斑点(バラ疹)やできものが現れる。
- 注意点:この時期にクリニックを受診し、血液検査で診断されるケースが多く見られます。これも放置すると一時的に症状が消えて潜伏します。
【第3期〜第4期】数年〜数十年後(※現代では稀です)
- ・主な症状:皮膚や骨に腫瘍ができたり、心臓、血管、脳、神経などが破壊されるなど、最悪の場合は命に関わります。
3.「大丈夫と思い込みたい」心理(正常性バイアス)に注意
1期の症状が消えたとき、「たまたま肌が荒れていただけかも」「もう治ったから大丈夫」と自分に都合よく考えてしまう心理(正常性バイアス・確証バイアス)が働きがちです。 少しでも不安な心当たりがある場合は、自己判断せず検査を受けることが何より大切です。
- Author

勝部 まゆみ
UNDPのJPOとして赴任したガンビア共和国で日本の国際協力NGOジョイセフの存在を知り、任期終了後に入職。日本赤十字でエチオピア北部のウォロ州に赴任するために一旦ジョイセフを退職、3年後に帰国・復職。ジョイセフでは、ベトナム、ニカラグア、 ガーナ、タンザニアなどでリプロダクティブ・ヘルスプロジェクトに携わってきた。2015年から事務局長、2017年6月から業務執行理事を兼任し、2023年6月に代表理事・理事長。
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