ひとジョイセフと一緒に、世界を変えていく「ひと」

失敗もあなただけの価値になる。スプツニ子!の「背伸びメソッド」

アーティスト

スプニツ子!

2017.3.29

ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでスペキュラティブデザインを専攻。マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教を経て、2019年4月現在、東京藝術大学美術学部デザイン科准教授。「生理マシーン、タカシの場合。」「東京減点女子医大」といったジェンダーや生命倫理、社会的差別などをテーマとした作品で知られる。TEDが選ぶ20人の「TED Fellows」に選出され、2019年4月バンクーバーで開催された「TED2019」に登壇。著書『はみだす力』(宝島社)、共著『ネットで進化する人類』(KADOKAWA / 伊藤穣一監修)など。
https://sputniko.com/

日本人の父、イギリス人の母の間に生まれたスプツニ子!さんは、17歳で単身渡英し、自らが被写体・演者となるアート作品を次々と発表。2010年に発表した「生理マシーン、タカシの場合。」が一躍話題を呼び、2013年には28歳にしてマサチューセッツ工科大学の助教に就任しました。そのアートとテクノロジーを駆使したクリエーションを支えているのは、「モテなかった10代」の体験と、失敗も個性に変える力でした。


「角刈り」にした高校時代。モテようとしなくてよかった!

ーI LADY.では、「Love, Act, Decide Yourself」(=自分を大切にし、自分から行動し、自分の人生を自分で決める)を掲げていますが、このコンセプトはスプツニ子!さんの経験にも当てはまりますか?

私の母は、私が何かに興味をもったとき、何かを嫌だと感じたとき、いつも背中を押してくれる存在でした。「女の子だから、こうしなきゃいけない、こうしてはダメ」といったステレオタイプに縛られることなく私を育ててくれたことは、本当にラッキーだったと思います。例えば、私が小学生だったとき、体育の授業で女子はブルマを履くのがルールでした。でも私はそれが嫌だということを母に伝えたら、「先生に言えばいいじゃない」と。だから私は先生に直訴して、私だけ男子と同じハーフパンツを履いていたこともありました。

そんなふうに幼い頃から「女の子だって、意志を持って、自分の人生は自分で決められる」と考えることができたけど、周囲の女性たちを見ていると、どうやら「女だから」と夢をあきらめたり、生きづらさを感じている人も少なくないようで。より多くの女の子に、自分の人生は自分で切り開けると思ってほしいと考えています。

ースプツニ子!さんは子どもの頃から、自分の意志で人生を決めてきたわけですが、高校時代は「角刈り」だったというのは本当ですか?

本当です(笑)。私は公立の小学校ではハーフだということでいじめられ、インターナショナルスクールの女子中学校ではリーダー格の子たちに「ブス」といじめられていました。「かわいくなりたいのになれない」「モテたいのにモテない」という気持ちが募りすぎて、高校1年で何を血迷ったか角刈りに(笑)。「角刈りにしちゃえば、モテないのを髪型のせいにできる!」と言い訳したかったんでしょうね。その頃は孤独だったから、コンピュータが恋人だったんですよ。

ー今のスプツニ子!さんのように、プログラミングしたり?

そうですね。「I love you !」とか「君はブスじゃないよ」と言ってくれるソフトを自分でプログラミングして、ひとりでコンピュータに向かって「I love you too.」って返事をするような毎日でした(笑)。でも負け惜しみじゃなく、当時、100人いたら100人から「かわいい」と言われるような、最大公約数的なモテを目指さなくて本当によかったと思うんですよ。

ーどうしてそう思えるんですか?

100人からモテようとすれば、大量生産されるお人形のように、画一的で似たようなファッション、似たような女の子になるしかないから。そんな女の子がたくさんいる中で、私を選んでもらうのはすごく難しいし、ほかに似たようなかわいい子がいれば、すぐに取って代わられてしまいます。でも、そもそも恋愛は大勢の人とすることじゃないから。

ー自分に合う誰か一人とすることですし。

私は私らしさを極めたいし、そんな私を好きになってくれる人が出てくればいい、と当時から思っていました。それが今の自分らしさや個性につながったと思います。思春期って、感性も豊かだし時間もたっぷりあって、自分の好きなことや面白いと思うことにどっぷり浸かれる時期。自分の芯となる部分を育てられる時間だと思うんです。そんな貴重なときを、いろいろな人にモテることに費やしてしまったら、すごく平凡な大人になってしまうんじゃないかな。

「女だから生理があって当然」という既成概念を壊したい

ー思春期に培われた個性や芯が、その後、「生理マシーン、タカシの場合。」をはじめとするユニークな作品の創作につながっていくんですね。

どうだろう……そうなのかもしれないですね(笑)。今、仕事でキラキラした感じの服を着るようになったりしても、コンピュータオタクだった自分はどうやったってにじみ出てくるみたいです。「生理マシーン」は私が24歳のときに発表した、生理痛と生理による流血を男性も体感できる装置。YouTubeではミュージックビデオも配信しました。

男の子たちが校庭を駆け回ってはしゃいでいるときに、女の子はもう生理を迎えて、「なぜ私たちだけが、こんなに面倒くさい宿命を背負うんだろう」と考えさせられる。しかも、生理はタブー視されて、その存在を隠しながら女性たちは生きている。そんなことに違和感を覚えた10代の頃からの願望をシンプルに作品にしたら、多くの女性やキュレーターたちが「こういうものが欲しかった!」と共感してくれました。

 
ーYouTubeのコメント欄は日本語以上に英語のコメントが多いのも印象的です。

そうですね。もしかしたら、バイオテクノロジーがどんどん進化していて、今後はもしかすると生理を経験しなくても出産できる時代が来るかもしれない。逆に、生理や出産を経験したい男性はできるようになるかもしれない。「女だから生理があって当然」とみんなが思い込んでいる既成概念を壊したいという気持ちも込めた作品でした。

ーたしかに、女性だけが生理や出産を経験することに、疑問を感じたことがある人はあまりいないかもしれません。

さらに言えば、今、避妊のためや婦人科の治療として低用量ピルを飲んで排卵を止めても、4週間に1回は生理として出血があるのが一般的です。でも実は技術的には、毎月わざわざ出血させることは必ずしも必要ないんです。1960年代にピルを開発した研究者たちが、「生理をなくしたら女性たちが不安に思うのでは?」と懸念したり、宗教団体など各方面からの批判を恐れて、低用量ピルをそう設計しただけのことであって。欧米では、出血の回数を減らしたり止められるピルもありますが、日本の女性たちにはほとんど知られていません。

また、日本ではピルが認可されるまでに9年以上もかかったのですが、バイアグラは半年で認可。独身女性の卵子凍結もやっと認められましたが、プロセスが今ひとつ不明瞭だったりします。かと思えば、女性器をかたどった、ろくでなし子さんの作品の3Dデータが裁判でわいせつだとみなされたり、おかしいことが多いなって。生殖に関わるテクノロジーの発展は、そのときの社会的、宗教的、政治的な背景に大きく左右されているんです。

女の子たちよ、戦略的であれ!

ー「女性だから」と当たり前のように捉えられていることは、生理以外にもいろいろありますね。

結婚したら夫の姓を名乗るのが普通とか、子育ては主に女性が担うべきだ、とかね。でも、今の日本では社会の枠組みや法律をつくっているのは大多数が男性たちです。女性の生きづらさを身をもって体験しているわけではない彼らに、「女性だって男性と平等に、やりたいことをできる世の中にすべきだ!」みたいな正論や情熱をぶつけても、その言葉は届かないし、結局、状況は変わりません。だから、女性はもっと戦略的になっていいと思う。彼らに伝わる言葉とロジックを使うのも賢いと思うんです。

ー戦略的に言葉とロジックを使う?

かつて、クールジャパンの文化支援が経済と結びついて浸透したように、例えば夫婦別姓についても経済的なメリットを主張するのもアリじゃないかと思います。「結婚した女性が名前を変えるために何日も奔走すると、これだけの経済損失がある。夫婦別姓を認めたらGDPがこれだけ上がる」とか、わざわざこんな説明をしなきゃいけないのも、バカらしいんだけど(笑)。

「女性が輝く社会」を掲げている政府に対しても、「結局、労働力が足りないから女性を働かせたいだけじゃないの!」と批判するのではなく、「ですよね~。じゃあ保育園増やしましょうよ」みたいにうまく誘導して主張を通していく。多くの女性がもっと幸せになる社会を実現するためだったら、ちょっとくらいしたたかに振る舞ってもいいんじゃないでしょうか。

ー日本の女性の中には、「自分が行動を起こしたところで、世の中は何も変わらない」と考えている人も少なくない気がします。

日本人は今あるものを受け入れるのはとても上手。でも、社会問題に対してあまり当事者意識がなくて、「私は社会をこういうふうに変えたい」と考えている人が少ないことに危機感を覚えますね。社会を牛耳っている年配の男性たちに、若い世代は人数では負けるかもしれない。でも、テクノロジーを使えば社会の仕組みを変えていくこともできます。それはつまり、年功序列にとらわれることなく、若者たちが世界を変えていけるのと同じことです。だから、理系女子ももっと増えてくれるといいんですけど…(笑)。

「背伸び」し続けることで、世界が変わるかもしれない

ースプツニ子!さんに憧れる理系女子も増えていると思うんです。ボストンのMITメディアラボ(アメリカの名門・マサチューセッツ工科大学のテクノロジー研究所)の助教を務めていますが、やはりMITの学生たちは「世界を変える」という意識が強いのですか?

私の研究室にいた4人の女子学生のうち、一人はトランプ政権が世界各国で人工妊娠中絶を支援する非政府組織(NGO)への助成を禁じる署名を男性だけでしている、つまり、女性の生殖のあり方を男性だけで決めていることに反対するデモ・パフォーマンスとして、女性が自分の脳波で精子を動かす装置を開発しています。

もう一人は、トランスジェンダーの人が女性ホルモンを投与するのに高額な医療費を払っていることへの問題提起として、水道水や自分の尿からエストロゲンを抽出するレシピや装置をつくり、テレビのクッキングショー仕立てで紹介するビデオを制作しています。私がやりたいのは問題提起型のデザイン。論文を書くだけでなく、作品を発表したり映像を配信することで世界を変えていこうとしています。

ースプツニ子!さんは20代で作品が注目されて、MITの助教にもなり、華やかなキャリアを歩んでいますが、ご自身としても「世界を変えられる」という思いが強いんですね。

そんなに順風満帆なキャリアでもありませんよ(笑)。アーティストとしてデビューした後の数年は、とにかくお金がなかった!一緒に数学を勉強していた大学時代のクラスメイトは世界的な金融機関やコンサルティング会社に就職して、パーティー三昧のアゲアゲな毎日を送っていたけど(笑)、私は定職に就いていないからクレジットカードも審査が通らずつくれなくて。髪を切るお金もなかったですから。

ー今のスプツニ子!さんからは想像もできない苦労話ですね。

ツイッターで自主制作のDVDを買ってくれる人を募って、ようやくその月の美容院代を稼ぐような状態で、3000円のリュックを買うのにも勇気が要りました。でも、手堅く就職しなくてアートの道に進んだことが失敗だったとは思いませんでしたね。だから、日本の女の子たちにも伝えたいんです。「とにかく、チャレンジをしてください」と。

ーたとえ失敗しても、ひとつの経験としてポジティブに捉えることが重要なのかなと。

そんな失敗をしたのは、その人だけかもしれないですからね。世間の当たり前からはみ出しすぎてつまずき転んだとしても、それは価値のあるユニークな失敗になるし、自分の個性や糧になると思うんです。それに今、世界はものすごく速いスピードで動いています。就職でも結婚でも、これまでのルールがどんどん通用しない世界になって、かつては成功だと思われていたことにしがみついても、報われない可能性がある。

そんなときも、キラキラ輝ける自分でいられるためには、「自分には無理かも……」と思うことでも、「楽しそう!やってみたい!」と思えるなら、挑戦してみるのが大切だと思う。私自身はこれまで常に背伸びを続けてきたし、これからも背伸びしていきたいです。

取材・文:酒井亜希子
編集:加藤将太
*この記事は2017年3月29日に取材したものです

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