ミャンマーの母子保健推進員、 村人の命を救った経験を語る

2020年2月19日

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日本生まれの母子保健推進員制度がミャンマーに

 母子保健推進員は、安心して妊娠、出産、育児ができるよう、身近な相談者として妊産婦や母子を支援するボランティアです。日本で現在も続いている制度を参考に、ジョイセフとJICAの支援で2006年に初めてミャンマーの母子保健推進員が養成されました。

 2010年には母子保健推進員は公的保健ボランティアとして、ミャンマー保健省の承認を得ています。1日間の養成研修を受ければ、村の女性の誰もがなれる無償の保健ボランティアという点が特長で、彼女たちが地元に定着して長く活動を続けていけるような仕掛けづくりをジョイセフは継続的に支援しています。

他地域の先輩に学ぶ、母子保健推進員 相互視察研修

 2020年2月4日~8日まで、ミャンマーでは、JICA草の根技術協力事業「リプロダクティブ・ヘルスに重点を置いたプライマリヘルスケア強化プロジェクト」(2017年9月~2020年8月)の活動の一環として「母子保健推進員 相互視察研修」が行われました。

 この視察研修では、現在プロジェクトを実施しているバゴー地域のテゴンとパウカウンから選抜された優秀な母子保健推進員たちが、同じくJICA草の根技術協力事業で母子保健推進員を養成し、2016年に事業が終了したエヤワディ地域チャウンゴン・タウンシップを訪問し、先輩たちがどのように困難を乗り越えてきたのか、活動を長く続けている動機付けは何か、そのための工夫は何かといった様々なことについて学びました。

ミャンマーの母子保健推進員、村でお母さんや子どもの命を救う

 様々な有益な情報交換が行われましたが、今回は参加している人たちの中から、実際に村でお母さんや子どもの命を救ったことのある人たちの経験談を紹介します。

バゴー地域テゴンでの緊急搬送支援

母子保健推進員: チェリー・アウン・ティンさん(33歳) アウンコン村

 
 2017年9月にプロジェクトが始まってすぐ、私は母子保健推進員になりました。
2018年7月のことです。叔母の家を訪ねたときに、近所で自宅分娩中の女性を見つけました(Kさん・17歳)。
 
 彼女の介助をしていたのは無資格の伝統的助産師(TBA)でした。Kさんは陣痛が長引いて、とても衰弱しているように見えましたが、介助しているTBAはKさんのお腹を押して、出産を促そうとしていました。その様子を見た私は、Kさんは危険な状態にあるので、自宅ではなく病院で出産するべきだと考えました。
 
 そこで私は、Kさんの母親とTBAに、彼女を病院に連れていくように言ったのですが、2人とも(大丈夫だと言って)拒絶しました。そこで私は再度説得しました。「もしKさんと赤ちゃんに何か起きたら、誰が責任をとれるの?」とまで言いました。そうするとTBAはもう何も言いませんでした。
 
 私は村長に連絡して、Kさんをテゴン・タウンシップ病院(タウンシップ内で一番大きい病院)まで搬送する支援をお願いしました。村長の支援でKさんは搬送され、帝王切開で赤ちゃんを産みました。お医者さんは私に「あなたたちが来るのがもう30分遅かったら、赤ちゃんの命は助からなかったと思います」と言っていました。
私は、自分が赤ちゃんとお母さんの両方の命を救うことができたのだと実感し、母子保健推進員であることをとても誇らしく感じました。

バゴー地域パウカウンでの救命行動

母子保健推進員: オウンマー・ソーさん(27歳) ガミャイジン村

 私が住んでいるのは、町の中心から遠く離れた山奥の村です。母子保健推進員になってすぐの2017年12月に、こんなことがありました。

 私の担当する世帯のひとつに、2人目の赤ちゃんを妊娠中のPさん(35歳)がいました。Pさんの最初の子は逆子でした。その時は、伝統的助産師のPさんの母親が自宅で介助し、無事に済んだのですが、私は彼女の次の出産は危険なものになるのだと習っていました。そのため、Pさんに病院で産むようにと強く勧めました。

 最初のうち、Pさんは私の勧めを拒絶していましたが、説得を続けるうちに、ついに病院で産むことを決めてくれました。その時に「でも病院に行くお金がないのよ」と言われたのです。

 そこで私は、コミュニティ基金(*1)からお金を借りられることを伝えました。
彼女は、基金を使うのは嫌だと言って拒否しましたが、もし民間銀行等からお金を借りたら、利子をつけて返さなければならない、でも、基金の場合はその必要はないと伝えました。それでPさんも基金から必要なお金を借りることに同意してくれました。

 Pさんが病院に行く日に、私は村落行政官にボランティア(*2)の手配をお願いしました。
 Pさんは、2人の男性ボランティアに担がれて病院へ向かいました。私はPさんの自宅からずっと付き添いました。川についた時には、橋が壊れていたので、竹を組んだ小さないかだで渡らなければなりませんでした。その後、幹線道路に着いたので、道端でパウカウン・タウンシップ病院まで私たちを連れて行ってくれる車を探しました。やっと病院に着いて、Pさんは帝王切開で出産しました。お母さんも赤ちゃんも無事で、私はとても幸せでした。

注1:このコミュニティ基金は以前から村にあった互助基金ですが、プロジェクト開始後、ジョイセフが支援しているコミュニティ・アクションプラン(妊産婦や女性の健康改善のための活動計画。行政機関、保健従事者、住民の代表によって作成・実施される)の活動として組み込まれたことで、より多くの人が利用できるようになりました。

注2:この村落は山間部にあるため交通手段が非常に限られ、緊急時にも、幹線道路に出るまでは人力で人を運ばなければなりません。以前は緊急事態が発生してからボランティアを集めていましたが、プロジェクト開始後には、コミュニティ・アクションプランを通じ、有志事前登録制・緊急連絡網の整備などに村落行政官と保健スタッフが共同で取り組み、「人力による緊急搬送」がより早く的確に行われるように努力してきました。


 

ジョイセフはこれからもミャンマーの母子保健推進員を通じて、
保健サービスの届きにくい村や遠隔地などで、母子の命と健康を守る活動を継続していきます。

皆さまのご支援をよろしくお願いいたします。

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