ひとジョイセフと一緒に、世界を変えていく「ひと」

誰かをエンパワーする「人づくり」の仕事で、自分も力が湧いてくる。

ジョイセフ 国内事業グループ I LADY.事業担当

林 未由

2023.11.17

ジョイセフが海外での開発支援で最も大切にしてきたのは、住民主体の取り組みを支える「人づくり」です。どのプロジェクトにおいても、そこで生きる人々の意識や行動に働きかけ、ともに活動を立ち上げながら伴走してきました。プロジェクト終了後も人々の手で自発的に地域が発展していく「持続可能な支援」をめざしています。

これまでにジョイセフが培った経験と知識を生かし、国内での「人づくり」を担う専門家の一人が林未由です。主に担当しているのは、日本の若い世代をエンパワーするプロジェクト「I LADY.」(アイ・レディ)。15歳~29歳の若者を対象として、SRHR(Sexual Reproductive Health and Rights:性と生殖に関する健康と権利)の知識を身につけながら同世代の仲間に伝えていくプログラムを実施し、「I LADY.ピア・アクティビスト」を養成しています。

「誰かをエンパワーする活動だけれど、私自身が力をもらっています」という林は、どのような道を歩んできたのでしょうか。これまでの経験や仕事への思い、これからの目標について話を聞きました。


アフリカでのボランティア活動を通して、「人づくり」「地域づくり」の大切さが見えた

ーーージョイセフは開発途上国支援において、人材養成やコミュニティ支援など「人づくり」に力を入れています。一方で林さんは国内での人材養成を担当されていますね。どういったプロジェクトなのでしょうか。

いま、主に国内で2つの人材養成プロジェクトを担当しています。ひとつはJICA(国際協力機構)から委託されている「課題別研修」で、これは海外の保健人材のトレーニングを日本で行うプログラムです。

もうひとつは日本の若い世代をエンパワーする「I LADY. ピア・アクティビスト事業」です。文京区ダイバーシティー推進担当と協力して、SRHRのインフルエンサーになる若者アクティビストを養成し、活動のサポートをしています。

ーーーどのようにして、国際協力や人材養成の仕事に関心を持つようになったのですか?

学生時代に「世界ウルルン滞在記」(TBS)という番組を見て、途上国の現実に衝撃を受けました。私は子どもの頃よく喘息で入院していたので、この国に生まれたら命を落としていたと思ったのです。それが開発支援に関心を持つきっかけでした。

英語が好きだったこともあり、大学卒業後、友達から聞いたイギリスのボランティア養成プログラムに参加しました。ロンドンの街角で、「ビッグイシュー」のような感じで雑誌を売り、2800ポンド稼ぐとアフリカに7か月間派遣してもらえるのです。私は売るのがうまくて友達の分も手伝うほど。やがて2800ポンドを達成し、アフリカ南東部のマラウイへボランティアに行きました。

現地で参加したのは、幼稚園を活性化するプログラムです。あちこちの青空幼稚園や村の教会を間借りしている幼稚園に行き、「壊れた壁をどう直していきましょうか」と親御さんや村の委員会の方々に声がけしたり、先生が足りなければ地域の人々に適任者を探してもらったりしました。

7か月が過ぎた後、帰国して旅行会社に勤めましたが、2年ほど経ったところでJICAの青年海外協力隊に参加し、再びマラウイへ。仕事は日本の大分の発祥で有名な「一村一品運動」を現地で展開するプロジェクトで、各地の生産拠点を回り、地元の人々と一緒に商品やビジネスプランを企画しました。そこで多くの人と関わり、ともに成長していく中で、現実を変えていくためには「人づくり」が大切だと思うようになったのです。

イギリスでボランティア養成プログラムに参加

ーーー「人づくり」の大切さというのは、具体的にはどういうことでしょうか。

アフリカでビジネスをするのは本当に大変で、そもそも読み書きや計算ができる人が少ないこと、不安定な貨幣価値もあって、原価の把握や適正な価格設定も本当に一苦労です。

そんな現地に「援助」として、外国や国際機関から立派な機械が寄贈されることがあります。しかし人々にとっては、消耗部品がなかなか身近に売ってない、売っていても高いなど、運用が持続可能でないことが多く、せっかくの寄贈品を役立てられないケースをたくさん見聞きしました。

皆さんはとても良い方ばかりで、「こんな機械は使えない、いらない」という人はほとんどいませんが、人々の時間と熱意が費やされる事業だからこそ、手に余るモノを導入することは、かえって苦しみの種になりかねません。それを知って、モノの支援をトップダウンで行うより、先に行うことがあるのではと思うようになりました。

海外協力隊のプロジェクトでは、機械に頼らず人の手で作業したり、原価と販売価格が適正になるよう計算を頑張ったり、不正を防ぐためにお金の流れを透明化する掲示をしたり、活動に頻繁に参加した人はラジオCMに出演するキャンペーンをしてみたり。商品開発もみんなで知恵を絞りました。ヒマワリオイルは熱を加えなくてもおいしく食べられるので、ローズマリーで香りを添え、パンにつけて食べる商品として加工し、アフリカの布でおしゃれに飾って外国人向けに販売したこともあります。この経験で、自分たちから発信して新しいことを始めてみることが、成長につながるきっかけになると実感しました。

大切なのは、人々が身の回りにあるリソースに気づき、できることを考え、みずからの力で現実を変えていけるようにエンパワーすることではないか。そういう「人づくり」「地域づくり」の大切さを体感したことが、後になって人材養成の仕事に進む原動力になったのだと思います。

青年海外協力隊時代。マラウィ人のカンピニさんと一緒に「一村一品運動」に取り組み、オフロードバイクで村々を回っていた

「教える」ではなく「エンパワーメント」のジョイセフの人材養成。問いかけ、伴走し、力を内側から引き出す

ーーーどのような経緯でジョイセフと出会い、働くことになったのですか?

海外協力隊の任期が終わって帰国し、最初に就職したのは省庁関連の国際協力機関です。そこで初めて本格的な人材養成の研修に携わりました。アジア・アフリカからの研修員がそれぞれの国から来日し、同じ方向を向いて学び、とても素晴らしい時間が流れていることに驚きました。

そんなある日、母子保健に関する研修で、ジョイセフが制作した古い映像教材を視聴する機会がありました。沢内という村(現岩手県和賀郡西和賀町)の人々が、地域で命と健康を守るために尽力したことを伝えるドキュメンタリーです。雪深いこの地域が乳児死亡率0を日本で初めて達成したという偉業に驚かされるビデオでもあります。

ジョイセフはもともと、戦後の日本で飛躍的に向上した母子保健の知見を生かし、開発途上国の女性と妊産婦の支援に取り組むために生まれた団体です。この沢内の映像で、ジョイセフの長年にわたる活動に関心を持つようになり、やがて人材募集があった時に応募しました。

ーーージョイセフに入った当初から、JICAの人材養成プログラム「課題別研修」を担当しているそうですね。具体的な内容と、どのような役割を担っているのか教えてください。

JICAの「課題別研修」は途上国に提供する人材養成プログラムです。日本の知識や経験を各国の課題解決に生かしてもらうのが目的で、保健、農業、科学技術など、各分野の団体がJICAと共に実施していきます。

ジョイセフには長年にわたって母子保健の研修を提供している専門家がいます。私はその尊敬するスペシャリストの「人づくり」の姿勢や考え方、ノウハウを学びながら、一緒に研修スタッフを務めてきました。

プログラムのひとつに、妊娠から子どもが2歳になるまでの1000日間、人生のスタートを栄養で支えるための「母子栄養改善研修」があります。本来は各国の研修員が来日して対面で行いますが、コロナ禍の2022年は、14カ国から母子保健や栄養の行政を担う研修員たちがオンラインで集まりました。

3カ月間ともに学び、それぞれの国で母子栄養を改善する活動計画を作成し、実行します。研修の最後にはおたがいに活動計画内容を発表し、今後に役立てられるよう学び合いました。

私たちはコースを運営する立場ですが、教えるというよりも伴走し、ファシリテートして、相手から良いものを引き出すことを目指しています。ていねいなヒアリングや問いかけを続けていくうちに、参加者一人ひとりが自国の課題に気づき、改善のためにどのようなリソースが活用できるか自分で考え、アイデアの光る活動プランを企画できるようになります。

海外からの研修員とマンツーマンで話し合い、活動プランを作り上げていく

私が出会ってきた海外研修員の方々は、「自国の母子のために」「もうお産で亡くなる人を見たくない」などの熱い思いをもって来日し、日本の素晴らしい母子保健のヒントを一つでも多く持ち帰ろう、そして一滴でも自国の母子のためになったら…と強い思いで帰られます。

研修員の皆を引き付けるその日本の素晴らしさは、もちろん行政のパワーもあるのですが、日本人全体の意識が高いからだとも言えます。例えば、妊婦健診に行く人の割合が極めて高い、乳幼児健診の受診率も高い等、日本の皆さんの日々の予防や健診への意識が、研修員の大きな学びに、そして憧れに繋がっています。一人ひとりの行動がデータとなり、蓄積されて、大きな説得力になっているのです。

私たちの研修は、そのように日本の皆さんの日々の行いによって後押しされていることをいつも感じています。感謝しかありません!

ーーー2021年からは、日本の若者をエンパワーするプロジェクト「I LADY. ピア・アクティビスト事業」も担当していますね。国際協力NGOのジョイセフが、国内の人材養成に力を入れているのはなぜでしょうか。

「I LADY.」は、日本の若者世代にSRHRについて伝え、一人ひとりが自分らしい人生を選択できるようエンパワーする活動です。

プロジェクトが始まったのは2016年。ジョイセフが国際協力NGOとして海外で開発支援を行う中で、日本におけるSRHRの深刻な状況に気づいたのがきっかけでした。

日本は優れた医療や保険制度があり、世界で最も妊産婦死亡が少ない国のひとつです。けれども性教育やジェンダー格差では大きな課題を抱えています。たとえば国内では1日あたり398件*の人工妊娠中絶手術が行われており、その多くが国際社会から「時代遅れ」と指摘される「搔爬法(外科的に子宮の内容物を掻き出す手術)」ですし、避妊方法もコンドームが主流で、女性が主体的に使えて確実性の高い低用量ピルはなかなか普及しない他、5年間有効で毎日薬を飲む必要のない子宮内避妊具は、名前すら知られていないことがほとんどです。

このように、SRHRの知識を得る機会が少なく、ヘルスケアの選択肢も限られている日本の現状を変えていくために、私たちは「人づくり」が最も力強い方法だと考えています。

参考:令和2年度の人工妊娠中絶数の状況について/厚生労働省

途上国で多くの開発プロジェクトを行ってきたジョイセフは、建物や医薬品など「モノ」の支援だけでなく、現地の人々が自分たちの力でSRHRを永続的に向上させていけるよう、地域に適した事業のプランニングと「人づくり・コミュニティ支援」をプロジェクトの中心に据えています。

そのため、SRHRの知識を学んで周囲に伝える「地域保健ボランティア」の養成に力を入れてきました。中でも若い世代のボランティアは「ピア・エデュケーター」と呼ばれ、同世代のインフルエンサーとして活躍しています。

このノウハウをもとに、日本でもピアの養成を始めたのが「I LADY. ピア・アクティビスト事業」です。多くの15歳~29歳の若者が養成研修を経てピアになり、それぞれの学校や身の回りのフィールドで、ジョイセフのサポートを受けながらSRHRの啓発活動に取り組んでいます。

「I LADY.」とコラボレーションで、日本の若者世代による日常からの変化を後押し。

ーーー日本の「I LADY. ピア・アクティビスト」も、海外のピアと同様にインフルエンサーとして活動しているのですね。そんなアクティビストたちをどのようにサポートしていますか?

研修ではピア・アクティビストがSRHRの知識を身につけると同時に、同じ若者世代の「ロールモデル」になっていくのを支援します。

ピアたちがSRHRの知識を周囲に伝えていくために、必要なツールや資料はジョイセフが用意します。また、私たちスタッフだけでなく、専門家のアドバイザーや大人世代のボランティア「リージョナル・アクティビスト」もピアたちをサポートします。

I LADY.ピア・アクティビストの活動報告会

ピア同士で体験を共有し、モチベーションもアップ

ピアとしてどのように行動を起こすか、持っているリソースを活かして何ができるのか。サポートする大人と一緒に話し合っていくうちに、「こういう友達がいる」「こんなサークルに所属している」など、ピアたち自身が活動のきっかけを見つけていきます。「木曜にサークルの集まりがあるので話をしてみる」という大学生や、「まず自分の家族にレクチャーしてみたい」と企画を考えたピアがいました。

また、海外ピアやJICA研修員と、日本のピアがコラボレーションするチャンスも増やしています。オンラインの集まりでおたがいの事例を紹介して学び合うこともありますし、最近ではJICA研修のために来日した研修員と日本のピアが集まって、若年妊娠の問題で話し合ったり、 I LADY.の性教育ツールに触れてみたりするセッションを開催しました。

JICA研修に海外から参加した研修員と、日本のI LADY.ピアアクティビストのコラボレーション

ーーー人材養成の仕事で、特にやりがいを感じるのはどんな時ですか?

JICA研修でもI LADY.でも、日々、参加した人たちがエンパワーされていく現場を目の当たりにできるので、十二分なやりがいがあります。

それに人材養成は非常に費用対効果が高いアプローチだと考えています。一般に途上国の開発協力では、しばしば国際機関や国家レベルで、何億円という大金を投じたプロジェクトが行われてきました。しかし寄贈された機械が使われなくなったり、せっかく前向きな変化が起きてもプロジェクト終了で元通りになってしまったり、残念な事例もたくさんあると聞きます。

一方、ジョイセフが取り組む研修員、ピア、地域保健ボランティアなどの「人づくり」では、大小問わずの様々な成果が花開くのをたびたび見てきました。それは一過性のものではなく、一人ひとりの中から湧いてくるパワーで行動し、それが誰かに伝わって、社会に影響を与え続けていく「持続可能」なインパクトです。

この日本でも同じように、「人づくり」のアプローチで若い世代がエンパワーされ、自信を持ってみずからの人生を選択できるようになっていくのを見て、私も一緒に前へ進む力をもらっています。

多くの気づきとSRHRの広がりから、どんな性別の人でも自分らしく生きられる社会を。

ーーー今後、挑戦してみたいことは何ですか。

今後挑戦してみたいことは、I LADY.の取り組みにもっと男性を巻き込むことです。SRHRの課題は女性やジェンダーマイノリティの方のものと思われがちですが、男性にも大きく関係しています。

日本家族計画協会で実施していた思春期電話相談(現在はLINE相談に移行)のデータによると、2020年にあった相談は男性の相談数が女性の3倍(性器の大きさなどの悩みが多い)でした。身近な人に相談できない傾向のある男性たちが、もっと性についての不安や悩みを、虚勢を張ることなく気軽に向き合える環境が日本に整うといいなぁと日々思っています。

その勉強のためにも、2018年から週に一度だけDV加害者更生プログラムのスタッフをしています。暴力や、日本の古くからのジェンダー規範が身近にある環境に育った方々(男性が多い)は、生きづらさを抱えています。大切なはずの家族を傷つけてしまった自分を変えようとしている姿に毎週感動し、力をもらっています。そこで感じることは、一人ひとりがもっと早く相談しカウンセリングを受けていたら…ということです。性のことだって家族のことだって、歯医者のように気軽に健診・相談してほしい、早すぎることはないんです。それが男性にも女性にも、ジェンダーマイノリティの方にも浸透していくと良いなと思います。

―――最後に、この記事を読んでいる人へメッセージをお願いします。

この記事を読んでくださるのは、恐らくSRHRに関心の高い方です。しかし、まだ日本ではSRHRという言葉が一般的ではありません。SRHRの課題には、世界で1日810人の妊産婦が亡くなっていること、日本ではまだ妊娠に至る過程(性交渉)を中学1年生に教えられないこと等、知ると当然「どうして?今すぐ変えなきゃ」と思うことがたくさんあります。

携帯電話はこの40年間で3㎏から200gに進化しましたが、同じ期間にSRHRはどのくらい進歩したでしょうか? SRHRのこと、そしてこの「今すぐ変えなきゃ」の危機感を、ぜひ身近な人に共有してください。皆さんの「気づかせる力」が集まると、大きな変化を起こすことができます!

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