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【第5回】世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の取り組み ~国際社会で揺れ動くSRHR

2022.10.13

連合総研 DIO9月号(9月1日発行)に掲載された記事に、加筆したものです。

政治、宗教、紛争、災害に翻弄される女性のSRHR ①

世界的に女性をめぐる状況が困難を増す中で、人工妊娠中絶をめぐるアメリカの政策が、女性のSRHRに大きな影響を及ぼしています。

1.人工妊娠中絶を巡る世界の状況

(1) メキシコシティ政策(GGR;グローバル・ギャグ・ルール-口封じの政策)

米国では、司法や政治の場で、人工妊娠中絶を巡る論争が激しく繰り返されてきました。共和党と民主党は、人工妊娠中絶について、それぞれプロライフ(胎児の生命尊重という理由から、中絶に反対)とプロチョイス(女性の選択権を重視し、中絶を容認)の立場を取り、大統領選挙でも、中絶問題は、常に最も大きい争点のひとつとなっています。米国は国際保健分野では最大の支援国のひとつですが、政権を担う政党が、SRHR分野の支援に大きな影響を与えてきました。

メキシコシティ政策は、1984年、メキシコシティで開催された国際人口会議で、当時の共和党のレーガン政権が初めて導入したことから、この名がつきました。通称グローバル・ギャグ・ルール:Global Gag Rule(GGR、口封じの世界ルール)」と呼ばれています。これは、米国国外で、米国の資金援助を受けているNGOなどの組織・団体は、その国で合法でも、① 人工妊娠中絶手術の実施、② 中絶に関して医療スタッフが患者に行うカウンセリングや医療機関の紹介、そして ③ 規制を緩和し合法かつ安全な中絶を可能にするよう求める活動を規制し、これらに資金を使わないことを約束しなければならない(妊娠の継続が命の危険にかかわる場合、妊娠がレイプや近親姦による場合、そのカウンセリングや中絶後のケアはGGRの対象とならない)というものでした。

レーガン政権の方針は、同じく共和党のブッシュ政権(父)に引き継がれましたが、1993年の民主党のクリントン政権で廃止されました。これ以降、GGRは、共和党と民主党の政権交代に伴い、導入と廃止が繰り返されています。

2017年にトランプ大統領が就任すると、民主党オバマ政権では廃止されていたGGRが再導入され、以前より厳しい規制が課せられました。それは、米国が援助する資金に対してのみ適用された過去の政策と異なり、米国以外からの資金の使途も規制する、規制を受け入れない場合、資金の打ち切りは他の国際保健分野に広がり、家族計画、母子保健、栄養、HIV/エイズ、マラリア、結核等の感染症の治療・予防などにも影響するというものでした。

世界最大の保健医療分野の支援国である米国は、政権交代に伴ってGGRを導入する度に、SRHRを推進する国連人口基金(UNFPA)や国際家族計画連盟(IPPF)はじめ、各国NGOへの資金援助を大幅に削減しました。過去にもGGRは、中絶を規制する政策にも関わらず、むしろ家族計画へのアクセスを制限することによって、意図しない妊娠と安全でない中絶が増えたと報告されており、トランプ政権によるGGR導入の影響も、特に開発途上国の女性や女児にとって、非常に深刻なものでした[26]

(2)人工妊娠中絶に関する各国の動き

Center for Reproductive Rights[27]の分析によれば、ICPD以降、世界各国で、人工妊娠中絶の合法化、あるいは規制の見直しの動きが進み、50カ国以上が中絶に関する条件をSRHRの視点から徐々に望ましい方向に緩和しました。1994年当時、いかなる場合にも中絶を禁止していた18カ国が、その法律を覆し、一定の条件の下で、中絶を合法化したのです。大多数は、女性の命の危険や健康リスク、性暴力による妊娠などの特定の理由が条件となっていますが、ネパールとサントメ・プリンシペは、一挙に理由を問わないという法律に移行しました[28]

進む規制緩和

最近の出来事としては、まず、厳格なカトリック教徒が多数を占めるアイルランドで、2018年5月、人工妊娠中絶を禁じる憲法条項撤廃の是非を問う国民投票の集計結果が発表され、賛成66.4%、反対33.6%で賛成派が多数を占め、中絶が合法化されることが決まりました。同国では、1983年に、女性の命の危険がある場合のみに中絶が認められ、性暴力による妊娠では認められていませんでした[29]

また、2020年12月末、アルゼンチン議会上院が、妊娠14週目までの人工妊娠中絶を認める法案を可決し、中絶が合法化されました[30]。同じく中南米の、カトリック教徒が多数を占めるコロンビアの憲法議会が、2022年2月に妊娠24週までの人工妊娠中絶を合法化する判断を下したことは歴史的判決でした[31]

こうしたカトリック教徒の多い国による中絶の合法化に向けた動きは、他国にも影響を与えています[32]。ニュージーランド議会では、2020年3月、1977年に施行された犯罪に関する法律から中絶を除外、人工妊娠中絶を犯罪ではなく健康問題として扱うとして、妊娠20週まで選択を可能にしました[33]。また、韓国では、2019年4月に憲法裁判所が刑法「堕胎罪」は憲法不合致という決定を下し、2020年12月31日を政府による代案立法の期限と決めました。政府は消極的でしあったが、2020年9月28日の「国際セーフ・アボーション・デー」に、女性100人が「堕胎罪」の完全廃止求める共同声明を発表し、2021年1月から、人工妊娠中絶が合法化されました[34]

保守化の動き

こうした動きがある一方、2020年10月に、ポーランドで憲法裁判所が胎児の異常を理由として行う人工妊娠中絶を違憲と判断。ポーランドはカトリック教徒が多く、欧州でも最も厳しいとされる法律の下で、性暴力や近親姦による妊娠、女性の生命や健康が危険にさらされる場合以外は中絶を禁止していましたが、この判断でほぼすべての中絶が禁止となりました[35]。そして、予想されていたとはいえ、世界の注目を浴びた衝撃的な出来事が、2022年6月24日に米国連邦最高裁判所が「憲法は中絶の権利を与えていない」という判決を下したことでした。これは、半世紀前の1973年に、同じ最高裁の「中絶は憲法で認められた女性の権利」であるという判決を覆し、女性の自己決定権を否定するものです。

現在のバイデン政権は民主党政権ですが、最高裁の判事9人のうち、共和党政権時代の大統領が指名した保守的な判事6人が過半数を占め、このうち5人による違憲の判断でした。これに対して、国際社会は、女性の健康と権利への最大の打撃であり時代に逆行するとして、次々と強く抗議する声明を発表しました[36]。IPPFのアルバロ・ベルメホ事務局長はこの判決を「女性の健康と権利に対する最大の打撃」とし、「中絶は、憲法上保障されるべき命を守る保健医療ケア」であると訴えました。さらに、こうした米国の動きが、すでに保守化傾向の台頭でSRHRの後退が懸念される状況に拍車をかけ、世界各地で「反中絶派、反女性派、反ジェンダー平等運動が活発化し、生殖に関する様々な自由が制限される」危険性についても言及しています[37]

米国で下された判決の影響への警戒感から、フランスは、人工妊娠中絶を合法としている自国の法律を守るために、与党が国会に中絶の権利を憲法に定めるための法案を提出し、政府もこれを指示することを明確にしたといいます[38]

現在、妊娠可能年齢の女性の 59% に相当する9億7,000 万人の女性が、中絶が広く認められている国に住んでいます。一方、女性の 41% は制限的な法律の下で生活しており、約7億人の妊娠可能年齢(15~49歳)の女性が、安全で合法的な中絶ケアにアクセスできていません[39]

UNFPAの「世界人口白書2022」によれば、人工妊娠中絶の合法化という点について、特に理由は問わないという国から、かなり限定的な条件の下でのみ合法という国までを含めると、国連加盟国のうちデータのある147カ国(96%)が該当します。しかし、そのうち28%で、既婚女性は夫の同意が必要とされ、36%は、未成年者は司法の同意が義務付けられ、63%では、違法に中絶した女性は刑事責任を問われる可能性があるといいます[40]

次回は、新型コロナや世界各地で起こっている紛争により、さらに厳しさを増していく女性が置かれた状況について見ていきます。

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全6回 世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の取り組み ~国際社会で揺れ動くSRHR


 
[26] 勝部まゆみ「グローバル・ギャグ・ルール(GGR)がセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)に与える影響」、国際人権ひろば No. 139、2018年5月、ヒューライツ大阪
RH+ No. 19、July 2017 https://www.joicfp.or.jp/jpn/wp-content/uploads/2017/12/RH19.pdf 

[27] Center for Reproductive Rights https://reproductiverights.org/ は、すべての人の尊厳、平等、健康、福利のための基本的人権として、リプロダクティブ ライツが法律で保護されることを保証するために活動する弁護士と擁護・代弁者のグローバルな人権組織。米国ニューヨーク市。本センターは、各国の中絶に関する法律について、許可条件によって5つのカテゴリーに分類(Ⅰ.いかなる場合も禁止、Ⅱ.女性の命にリスクがある場合、Ⅲ.女性の健康を損なうリスクがある場合、Ⅳ.社会経済的な理由による場合、Ⅴ.理由は問わない(中絶可能とされる妊娠週数は国によって異なる)したデータを公表している。Rights, World Abortion Law, https://reproductiverights.org/maps/worlds-abortion-laws/ ( 2022年7月31日検索)

[28] The Center for Reproductive Rights, Accelerating Progress: Liberation of Abortion Laws since ICPD, https://reproductiverights.org/wp-content/uploads/2020/12/World-Abortion-Map-AcceleratingProgress.pdf (2022年7月31日検索)

[29] https://www.huffingtonpost.jp/2018/05/27/ireland-abortion_a_23444427/  HUFFPOST、(2018年6月8日更新)
 
[30] 国際家族計画連盟(IPPF)、https://www.ippf.org/jp/news/historic-moment-argentina-legalizes-abortion、アムネスティ・ インターナショナル 2021年1月7日  https://www.amnesty.or.jp/news/2021/0107_9064.html

[31] AFPBB News, 2022年2月22日 https://www.afpbb.com/articles/-/3391403 

[32] イタリア北部に位置する人口3万5000人のカトリック教徒が多数を占める小国サンマリノでも、2021年9月の国民投票で、中絶合法化に77%が賛成した。今後、法制化が進むことが期待されている。朝日新聞デジタル 2021年9月27日 https://digital.asahi.com/articles/ASP9W3PKZP9WUHBI00K.html 一方で、カトリック教徒が多く中絶の合法化の反対も根強い中での合法化により、都市と地方、富裕層と貧困層、世代間などの社会的分断の深刻化が懸念もされている。朝日新聞デジタル2021年2月4日 https://digital.asahi.com/articles/ASP212J5ZP1NUHBI002.html

[33] JOCFP, “RH+” No, 27、June 2020 RH27 (joicfp.or.jp) 

[34] ニューズウィーク日本版、2021年1月10日、https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/01/post-95367_1.php 

[35] BBC News、2020年10月24日、 https://www.bbc.com/japanese/54655170

[36] IPPF、UNFPA、世界保健機関(WHO)、国連人権高等弁務官、欧州議会、中絶を合法化したアイルランド、フランス、ニュージーランド、日本の産科

[37] 米最高裁がロー対ウェイド判決を覆す~女性の健康と権利に大打撃~ | IPPF

[38] フランスの人工妊娠中絶、2022年7月18日、弁護士金塚彩乃のフランス法とフランスに関するブログ http://ayanokanezuka.jugem.jp/?eid=56&fbclid=IwAR1E1zMVYM4IkaQYZSRHAcORPJqBCWXXqCBvI1y2LtkhgiWNeJXXErzIAtA&fs=e&s=cl#gsc.tab=0

[39] The Center for Reproductive Health, World Abortion Law,  https://reproductiverights.org/maps/worlds-abortion-laws/ (2022年7月31日検索)

[40] 『世界人口白書2022』日本語抜粋版、阿藤誠監修、UNFPA駐日事務所 P27

 


 

用語・注釈
リプロダクティブ・ヘルス (カイロ会議「行動計画」7.2より)
リプロダクティブ・ヘルスとは、人間の生殖システム、その機能と(活動)過程のすべての側面において、単に疾病、障がいがないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあることを指す。したがって、リプロダクティブ・ヘルスは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力をもち、子どもを産むか産まないか、いつ産むか、何人産むかを決める自由をもつことを意味する。
リプロダクティブ・ライツ (カイロ会議「行動計画」7.3より)
すべてのカップルと個人が、自分たちの子どもの数、出産間隔、出産する時期を自由に責任をもって決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという権利。また、差別、強制、暴力を受けることなく、生殖に関する決定を行える権利。さらに、それを可能にする情報と手段を得て、その方法を利用することができる権利。女性が安全に妊娠・出産でき、また、カップルが健康な子どもをもてる最善の機会を得られるよう適切なヘルスケア・サービスを利用できる権利が含まれる。 
以下は、公益財団法人ジョイセフがわかりやすい説明を試みたもの
ジョイセフWEBサイト 説明ページへ
セクシュアル・ヘルス
自分の「性」に関することについて、心身ともに満たされて幸せを感じられ、またその状態を社会的にも認められていること。

リプロダクティブ・ヘルス
妊娠したい人、妊娠したくない人、産む・産まないに興味も関心もない人、アセクシュアルな人(無性愛、非性愛の人)問わず、心身ともに満たされ健康にいられること。
セクシュアル・ライツ
セクシュアリティ「性」を、自分で決められる権利のこと。
自分の愛する人、自分のプライバシー、自分の性的な快楽、自分の性のあり方(男か女かそのどちらでもないか)を自分で決められる権利。
リプロダクティブ ・ライツ
産むか産まないか、いつ・何人子どもを持つかを自分で決める権利。
妊娠、出産、中絶について十分な情報を得られ、「生殖」に関するすべてのことを自分で決められる権利(自己決定権)。
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