ジョイセフは、1968年に日本で生まれた民間の国際援助団体(NGO)です。人口とリプロダクティブ・ヘルス分野の国際協力を推進しています。世界中の女性たちが安全な環境で赤ちゃんを産み、育てることができるために、家族計画・母子保健の立場から、人的・物的支援活動を行っています。この分野では日本で最長の歴史と最大の実績を有する国際協力専門機関です。
世界のさまざまな問題の根源となる人口問題、これは女性の妊娠・出産と深くかかわっています。
開発途上国においては、女性の人権が認められていない地域がたくさんあります。
望まない妊娠や、計画性のない妊娠の結果として人口増加や貧困を招いています。
劣悪な保健衛生状態により、多くの女性が命を落としたり、健康を阻害され、それに伴って乳幼児の死亡率も増加しています。
そんな中で、戦後、途上国なみに多かった妊産婦死亡と乳幼児死亡を減らすことを成功させた日本に対して、戦後日本が実践してきた家族計画・母子保健分野での経験やノウハウを開発途上国に移転して欲しいという国際的な要望が起こりました。
それを受けて、外務省・厚生労働省の認可法人として設立されたのがジョイセフです。
会長のメッセージ

明石 康
1957年、日本人の国連職員第一号。カンボジアと旧ユーゴスラビアで国連事務総長特別代表を歴任。1997年12月、人道問題担当事務次長を最後に退官。現在、スリランカ平和構築担当政府代表。2007年3月よりジョイセフ会長。
■ジョイセフのこれから
ジョイセフは1968年に誕生してから40数年間、多くの方々のご協力によって支えられてきました。みなさま方のご協力に深く感謝申し上げます。
これからも伝統あるNGOとして独自性を追究していくとともに、より広範囲で効果的な活動ができるよう、内外の公的機関、他のNGOと連携し、時代を先取りした支援を実現するために、これからも挑戦を続けていきたいと思います。
国連が2000年に、21世紀の課題として採択した「ミレニアム開発目標」と呼ばれる8つの目標のなかで、妊産婦のための保健が、最も取り組みが遅れていると指摘されています。妊産婦死亡率は過去20年間減っていませんし、妊産婦死亡率と密接に関連している乳児死亡率も減っていません。
その理由は、妊産婦と乳児に対してきめの細かいケアができる地域社会への息の長い支援が十分でないこと、病院や診療所や人材の育成など保健医療システムが欠けていることがあります。したがって、途上国の社会的弱者である女性と子どもなど草の根の住民に、支援をどう確実に届けるかは、国際的な援助が直面している大きな課題のひとつです。
途上国の母子保健への支援はこれからもますます必要なのですが、先進各国の政府が行う援助の額は、ここ数年間据え置き状態です。ですから、市民のみなさまによって支えられるNGOの存在はより一層重要視されます。幅広いジョイセフの活動の中で、女性と子どもへの支援を中心とする事業を精力的に展開する決意です。
組織概要
概要
| 和文名称 | 財団法人家族計画国際協力財団 かぞくけいかくこくさいきょうりょくざいだん |
|---|---|
| 英文名称 | Japanese Organization for International Cooperation in Family Planning (JOICFP) |
| 所在地 | 〒162-0843 東京都新宿区市谷田町1-10 保健会館新館 TEL : 03(3268)5875 FAX : 03(3235)7090 E-mail : info@joicfp.or.jp ホームページ : http://www.joicfp.or.jp/ |
| 主務官庁 | 外務省(国際協力局民間援助連携室) 厚生労働省(雇用均等・児童家庭局母子保健課) |
| 設立年月日 | 1968年4月22日 |
| 設立目的 | 開発途上国に人口及び家族計画・母子保健を含むリプロダクティブ・ヘルツ/ライツに関する研究および研究の助成ならびに必要な援助を行い、関係地域住民の福祉の増進に寄与することを目的とする。 |
| 団体の特徴 | 日本において、人口・リプロダクティブヘルス(RH)・家族計画・母子保健分野の国際協力における最長の歴史と最大の実績を有する専門機関。これまでに、世界30余カ国の途上国で活動を実施してきた実績を有する。「特定公益増進法人」。国連経済社会理事会(ECOSOC)の特別諮問NGO。 |
| 活動の専門分野 | 人口・リプロダクティブヘルス(家族計画、母子保健、思春期保健、HIV/エイズ)、BCC (Behavior Change Communication:行動変容のためのコミュニケーション) |
| 活動の特徴 | アジア・アフリカ・ラテンアメリカ地域諸国において、住民主体の、地域に根ざした活動推進の支援を行う。 |
| 連携組織/機関 | 国内: 日本政府、国際協力機構(JICA)、日本家族計画協会(JFPA)、東京都予防医学協会、日本寄生虫予防会、等 |
| 海外: 国連人口基金(UNFPA)、国際家族計画連盟(IPPF)、世界保健機関(WHO)、ユニセフ(UNICEF)、パッカード財団、等 | |
| その他 | 1990年 外務大臣表彰 1991年JICA総裁感謝状 2001年 国連人口賞受賞 |
組織
| 会長 : 明石 康 理事長 : 近 泰男 常任理事・事務局長 : 石井澄江 (理事18名、監事2名) 評議員15名 |
| 職員 : 常勤34名、非常勤(含インターン)20名、 ボランティア25名 (2010年3月1日現在) |
ジョイセフの使命と目指すこと
■ミッション(使命):
ジョイセフの使命は、すべての人びとが、いつでも、どこでもリプロダクティブ・ヘルスの情報とサービスを受けることができ、自らの意思による選択が可能になる社会を作ることです。
■ビジョン(目指すこと):
ジョイセフは、すべての人びとが、リプロダクティブ・ヘルスをはじめ、自らの健康を享受し、人間の基本的なニーズが充足できる世界の実現を目指します。
■ジョイセフの考え方
人間中心の視点:
わたしたちは、人口問題とは数の問題だけでなく、
人間一人ひとりの問題であると考えます。
住民が主体:
わたしたちは、住民が自らの健康に関するニーズに気づき、
健康を向上させるための活動の主体となるよう支えていきます。
ジェンダーの平等:
わたしたちは、ジェンダーにおける平等が、
リプロダクティブ・ヘルス推進にとって欠かせないと考えます。
NGOとしての独自性:
わたしたちは、世界のリプロダクティブ・ヘルス推進の
使命をもったNGOとして、独自性を保って行動します。
NGOとしてのチャレンジ:
わたしたちは、常に、変化する社会や
住民一人ひとりのニーズに応えるために、考え、行動します。
パートナーシップ:
わたしたちは、市民社会、そして政府、国連・国際機関、専門研究機関
などと協力しながら、よりよい社会づくりを目指します。
地球規模的な視野:
わたしたちは、国際人口開発会議の行動計画(ICPD・PoA)を推進します。
国際的に合意されたミレニアム開発目標(MDGs)は、
ICPD・PoAの実践なくしては達成できません。
ジョイセフの歩み

■ジョイセフの歩み
1968年(昭和43年)の4月22日、ジョイセフは誕生しました。このころの世界は第二次世界大戦が終わって20年たち、約10数年単位で人口が10億人ずつ増加していました。特に独立を果たした途上国各国での増加がめざましく、それによる食糧危機、保健医療や貧困問題、人口増加と開発のバランスが問題視されていました。
日本もこの間、人口は1億人突破を目前としていましたが、経済の高度成長も果たし、途上国なみだった乳児死亡率や妊産婦死亡率が低下し、人口増加率も下がり、戦災による焼け跡から急速に復興を成し遂げたアジアの国として国際的に注目されました。そして、国際社会から、その経験を途上国への支援に活かすよう求められるようになり、ジョイセフが役割の一翼を担うことになったのです。
ジョイセフの創設者であった國井長次郎は、現理事長の近泰男らとともに、戦後、民間団体の活動の中で検便による回虫や鉤虫などの寄生虫駆除から公衆衛生、予防医学、家族計画および母子保健の普及に努め、戦後復興から高度成長を支えた日本人の健康改善に大きく寄与しました。こうした活動が、今度は国際協力という形で日本を代表し、海外に活動拠点を広げることとなったのです。
ジョイセフの国際協力活動は、IPPF(国際家族計画連盟)とUNFPA(国連人口基金)のかかわりから始まりました。IPPFといえば、国際赤十字とほぼ同レベルの国際的な民間団体です。國井は、日本の家族計画を進める団体である日本家族計画連盟の事務局長としてIPPFとかかわりをもっていましたが、このIPPFの顧問が終戦直後に米国の経済使節団長として復興への助言をしていたウィリアム・ドレーパー氏だったことに気づき、日本に招いて、日本の政財界の関係者と会談を実現させ、人口問題への国際協力の約束をとりつけることに成功しました。その連絡調整を行う民間団体としてジョイセフが創設されたのです。
一方、國井は、当時の国際機関や途上国政府のトップダウン式人口抑制策に疑問を感じ、1974年から「人間的家族計画」と呼ぶ、一人ひとりの人間と家族を大切にする視点の国際協力を始めたのです。海外での活動を行うにあたり、国内での活動の経験から、生活の質の改善に具体的な効果のあらわれやすい寄生虫駆除と栄養改善を家族計画と一体化して、性にまつわる他人に触れられたくない家族計画の壁を乗り越え、次第に母子保健や健康改善へ関心を拡大させ、草の根から人々の行動を変える方法をとりました。
当時のことを振り返り、國井は、著書『長寿国日本―それは虫から始まった』のなかで、「人口は人間家族の集まりである。人口の増加から生じる問題を解決するには、個々の人間家族に生活への希望をもたせ、そこから、自立心や前進の心をかきたててゆくのがよいと、考えます」と語っています。
こうした國井の考えを踏襲してきたジョイセフの活動は、支援先の住民の支持を受け、広がり発展し続けています。
ジョイセフ歴代会長
岸 信介 (元首相) 1968年-1987年
福田赳夫 (元首相) 1987年-1995年
加藤シヅエ(元参議院議員)1995年-2001年
黒田俊夫(日本大学人口研究所名誉所長)2003年-2006年
明石 康(元国連事務次長)2007年3月29日-現在
| ジョイセフの主な活動 | 年 | 日本および世界の動き |
|---|---|---|
| 1963 | -第1回アジア人口会議(ニューデリー) | |
| 1965 | -専門家による世界人口会議(ベオグラード) | |
| 1966 | -日本を含む世界12カ国の元首署名による「人口宣言」国連提出 -日本、「ひのえうま」で、出生率急減(1.58) |
|
| -ジョイセフの前身、国際家族計画協力会議発足 -国際家族計画セミナー開始 |
1967 | -国連人口基金(UNFPA)の前身、国連人口-活動信託基金設立 -ウィリアム・ドレーパー国際家族計画連盟(IPPF)顧問来日、日本に対し人口家族計画国際協力の必要性を訴える |
| -4月22日ジョイセフ設立 | 1968 | -日本の人口1億人突破 -人権に関する国際会議(テヘラン)、家族計画が人権であると明言 |
| -東南アジア家族計画会議(バンドン)に出席 | 1969 | -日本政府、IPPFに対する拠出開始(当初10万ドル) |
| -アジア家族計画指導者セミナーを開始立 | 1970 | -大阪万国博覧会 |
| -国際家族計画大会(フィリピン)に会議用機材を援助 | 1971 | -日本政府、UNFPAに対する拠出開始(150万ドル) |
| -海外派遣要員訓練セミナー開始 | 1972 | -国連人間環境会議(ストックホルム) -ローマクラブ、『成長の限界』発表 -第2回アジア人口会議(東京) |
| -アジア人口事情議員視察団をインドネシア、フィリピン、タイ、インドへ派遣 -人口問題協議会発足 |
1973 | -石油ショック |
| -第1回アジア寄生虫予防・家族計画(APCO/FP)会議開催 -家族計画・栄養・寄生虫予防統合プロジェクト(IP)を提唱 -第1回日本人口会議の事務局を務める |
1974 | -世界人口年 -国際人口問題議員懇談会発足 -日本人口会議 -政府代表による初の世界人口会議(ブカレスト) |
| -IP、中国台湾で開始 -ジョイセフ内にIPPF東京事務所開設 |
1975 | -第1回世界女性会議(メキシコ) |
| -韓国、インドネシア、フィリピン、タイでIP開始 | 1976 | -鹿児島市立病院で五つ児誕生 |
| -中南米家族計画視察団をメキシコ、コロンビア、ブラジルに派遣 | 1977 | -インドのガンジー政権、強制的不妊手術政策が一因で総選挙敗北 |
| -IP経験国を中心とした「南南協力」を提案 | 1978 | -英国で試験管ベビー誕生 -WHO・ユニセフ共催で、プライマリ・ヘルス・ケアに関する国際会議(「アルマ・アタ宣言」採択) |
| 1979 | -中国一人っ子政策開始 -日本大学、人口研究所を新設 |
|
| -初の計画生育視察訪中団派遣 -第1回ラテンアメリカ・IP推進会議開催 -日中家族計画協力に関する覚書に調印 -第7回APCO/FP会議において「マニラ宣言」採択 -低栄養防止と寄生虫予防セミナー開催(WHO・ユニセフ等と共催) |
1980 | -第2回世界女性会議(コペンハーゲン) |
| -人口と開発に関するアジア国会議員会議の事務局を務める | 1981 | -第1回人口と開発に関するアジア国会議員会議(北京) |
| -タンザニアでIPの地域実験開始 | 1983 | |
| -中国でIP開始 | 1984 | -国際人口会議(メキシコシティー) |
| -サハラ以南のアフリカのための家族計画・栄養・寄生虫予防IPワークショップ開催(東京、UNFPAと共催) | 1985 | -第3回世界女性会議(ナイロビ) |
| -アフリカIP会議(パンフリコ)開催(タンザニア) | 1987 | -世界人口、50億人を超す -UNFPA初代事務局長ラファエル・M・サラス氏逝去 |
| -再生自転車の海外譲与開始 | 1988 | -アジア人口、30億人を超す |
| 1989 | -日本政府、草の根無償資金協力開始 | |
| 1990 | -21世紀の人口に関する国際フォーラム(アムステルダム) | |
| -人口・開発議員アフリカ視察団に同行 -国際ボランティア貯金による援助事業開始 |
1991 | -人口・開発議員アフリカ視察団ジンバブエ、ケニア、ガーナ視察 |
| 1992 | -国連環境開発会議-地球サミット(リオデジャネイロ) -アジア太平洋人口会議(インドネシア) |
|
| -使用済プリペイドカード国際協力キャンペーン開始 | 1993 | |
| -GIIに事務局として協力、GIIガイドライン作成に協力 -ジョイセフ役員が政府代表団の一員としてICPD参加 |
1994 | -日本政府、地球規模問題(人口・エイズ)イニシアティブ(GII)開始 -外務省とNGOとの対話・懇談会発足 -国際人口開発会議-ICPD(カイロ) |
| -世界女性会議(北京)にジョイセフがNGO代表として参加 | 1995 | -社会開発サミット(コペンハーゲン) -第4回世界女性会議(北京) |
| -國井長次郎理事長逝去 -保健会館新館に移転 |
1996 | -母体保護法(優生保護法一部改正) |
| -第1回加藤シヅエ賞授賞式 -JICAベトナム・リプロダクティブ・ヘルス・プロジェクトに協力開始 |
1997 | -ODA、毎年10%削減閣議決定 |
| -設立30周年 | 1998 | |
| -「世界と人口」創刊300号記念号発行 | 1999 | -日本政府、低用量ピル承認 -世界人口、60億人を超す -ICPD+5特別総会 |
| -国連経済社会理事会(ECOSOC)諮問NGO資格取得 | 2000 | -北京+5 -国連ミレニアムサミット。ミレニアム宣言・ミレニアム開発目標(MDGs)設定 -日本政府、IDI(感染症対策イニシアティブ)開始 |
| -ジョイセフ、国連人口賞受賞 | 2001 | -世界同時多発テロ |
| -アフガニスタン支援開始 -ホワイトリボン運動に参加 |
2002 | -IPPF創立50周年 -アフガニスタン復興国際会議(東京) -RIO+10 |
| -想い出のランドセル・キャンペーン開始 | 2003 | |
| -中国江蘇省太倉市に中国RH・家庭保健研修センター開所 | 2004 | -ICPD+10(Count Down 2015) -インドネシア・スマトラ島沖大地震 |
| -「愛・地球博(EXPO2005)」・地球市民村「母を救え館」参加 -ミャンマー地域展開型リプロダクティブヘルス・プロジェクト開始(JICA委託) |
2005 | -援助効果向上に関わるパリ宣言採択 -北京+10(ニューヨーク) -日本が人口減少社会に転換 -パキスタン地震 |
| -ニカラグア・中国・ベトナムにおいてJICA委託技術協力事業開始 | 2006 | -世界人口、65億人超す -インドネシア・ジャワ島大地震 |
| -「ODAに関する提言」を各界リーダーに提出 -明石康会長就任 |
2007 | -ウーマンデリバー会議(ロンドン) |
| -ジョイセフ創立40周年 -人口問題協議会設立35周年 -MCCOBA設立20周年 -G8 サミットNGOフォーラム保健医療ワーキンググループ(2007年結成)事務局としてアドボカシー活動を展開。「me too ―すべての人に、生きるチャンスを。」キャンペーンに参加 |
2008 | -第4回アフリカ開発会議-TICAD Ⅳ(横浜) -G8 北海道洞爺湖サミット -ミャンマー・サイクロン -中国・四川大地震 |
| 2009 | -ICPD+15、人口開発委員会 |
組織図と協力機関
組織図

協力機関

創設当時から、国際機関を結びつき世界規模の活動を続けてきたジョイセフは、国連人口基金(UNFPA)を中心とする国連各機関、180カ国で活動する国際家族計画連盟(IPPF)、海外の財団と連携し、数多くのプロジェクトを展開しています。
毎年、UNFPAが発表する「世界人口白書」を邦訳出版しています。また、IPPFの東京連絡事務所を担い、日本での活動をサポートしています。
世界最大規模のNGOであるIPPFは、創立にあたって、ジョイセフの会長も務めた加藤シヅエが提唱者のひとりでした。
事業報告・計画書、財務諸表
| 平成19年度 | ||
|---|---|---|
| 財務諸表 | ||
| 平成20年度 | ||
| 財務諸表 | ||
| 平成21年度 | ||
| 財務諸表 | ||






